おとぎ ~花魁候補の少女がやってきて、突然はじまる江戸ライフ~

菱沼あゆ

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祈り

江戸のコンパス

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 帰って勉強していると、おとぎがやってきた。

 ノートの上に置かれたコンパス見て、おとぎは言う。

「ぶん回しじゃな」
「ぶん回し?」

 これじゃっ、とおとぎは、コンパスを手にとってみせた。

「江戸にもあったのか、コンパスって……。
 そういえば、江戸の算術ってすごかったんだよな」

「すごいのかは他と比べて見たことがないから、わからないが。
 算術が好きな人間は多いな。

 算額奉納とかあるしな」

「算額奉納?」

「額や絵馬に問題や解き方を書いて奉納するのじゃ。
 美しい色合いの図形を奉納しているものもあるぞ。

 渉は医者になるためにそんなに勉強しているのか?
 何故、医者になりたいと思ったんだ?」

「何故って……。
 おじいちゃんが、後を継いでくれると嬉しいって言ったからかな」

 ふうん、とおとぎは言う。

「いいな。
 お前たちは未来が選べる」

 そのセリフはかなり重く感じられた。

 ――俺たちはおとぎと違って、未来が選べる。

 だが、医者になりたいというのは、ほんとうに俺の意思なのだろうか?

 ただ、おじいちゃんに喜んで欲しいから。
 それだけなのかもしれないが――。

 そんなことを考えながら、渉は言った。

「そういえば、おとぎは未来が見えるとか言ってたな。
 今もなにか見えていると」

 うん、とおとぎは頷いたあとで、

「まあ、たいした未来じゃない。
 当たるかもわからない」
と歯切れ悪く言う。

 黙って見つめていると、おとぎは俯きがちに口を開いた。

「……吉原が火事になる夢なのじゃ。

 まあ、吉原は何度も火事になっているからな。

 当たっても、未来が見えたからとも言えないが」

「そんなに燃えてるのか」

「火事になると、吉原を出て、仮の場所で営業することができたから。

 楼主たちはその方が儲かると、わざと火を消さなかったりもしたらしいぞ。
 みんなも吉原から出られるから、喜んでもいたとか――」

 おとぎはそこで言葉を止めた。
 浮かない顔をしている。

 ひどい火事だと、怪我をしたり死んだりする人もいるからだろうか、と思ったとき、おとぎが、くしゅん、とくしゃみをした。

「どうした? 風邪か?」

「いや、ケータリングの会場にすごく冷たい風が吹き出している場所があって。
 面白いから、しばらく、そこにいたんだ。

 まるで、夏に洞窟から漂ってくる冷たい風のようだった」

「クーラーだよ。
 うちではまだつけてないけど。

 ロケ現場、暑かったみたいだし。
 料理が腐るかもしれないから、もう、クーラーつけてたんだろ」

「くーらー」

「冷たい風を出すからくりだ。
 扇風機の強力なのっていうか。

 扇風機はテレビの横に置いてるからわかるか」

「扇風機なら、江戸にもあるぞ」
「そうなのか?」

団扇車うちわぐるまというんだ。
 団扇が扇風機みたいについてて、それを手で、ぐるぐる回すんだ」

「手動か? 涼しいのか? それ」

「まあ、それなりに。
 いろんな団扇とかついてて、見た目は洒落てるぞ」

 などと言っている間は元気だったのだが。

 その夜、おとぎは熱を出して寝込んでしまった。
 



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