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祈り
そんなモノが珍しいとは――
しおりを挟む家に帰り、渉が部屋で勉強していると、下でおとぎが騒いでいた。
「渉っ、他に誰もいないはずなのに、厠にカギがかかっておるぞっ」
「いや、お父さんが帰ってきたんだろ」
と言いながら、下に下りると、
「お父さんっていたのかっ」
とおとぎは言い出す。
「……いたよ」
と渉は苦笑した。
出張中だったので、まだおとぎとは顔を合わせてなかったのだが、今、自分たちがコンビニに行っている間に帰ってきたようだった。
「トイレなら、二階に行けよ」
と言うと、おとぎは驚く。
「厠が二階にもあるのかっ」
「江戸の町って、二階にはなかったのか?
ああ、二階建ての民家自体なかったのか?」
時代劇で見る平屋の長屋のイメージで言ったが、いいや、とおとぎは言う。
「二階の家はふつうにあるぞ。
ただ、二階に厠があるのは吉原くらいなんだ。
だから、二階で用を足してきたというと、吉原に行ってきた、という意味になるんだ」
へえーと感心したとき、トイレから父、滋が出てきた。
「ごめんごめん。
トイレ占拠してて」
という滋はふっくらとしていて。
いつも柔和な笑顔で、自分とはあまり似ていない。
「おとぎちゃんだね、はじめまして。
事情はお母さんから聞いたよ。
気が済むまでゆっくりしてくといい」
とおとぎに微笑みかける。
「あ、ありがとうございますっ」
とおとぎは頭を下げていた。
そのあと、みんなで夕食をとった。
「それにしても、渉はよく勉強するなあ」
とおとぎが言う。
さっきまで勉強していたからだろう。
「江戸の子どもたちもよく勉強していたと聞いたが」
そう渉が言うと、そうだな、とおとぎは頷く。
「子どもたちは寺子屋に通って学んでいるんだが。
寺子屋では、ひとりひとり、学ぶことが違うんだ」
「個別指導か、すごいな」
「大抵のものが親と同じ職業につく。
なので、読み書き算術を、その職業で使えるような形で教えてくれるんだ」
「それはまた、合理的だな」
聞いてみたら、江戸の生活も今とそう変わらない。
朝ごはんを食べたら、子どもは学校に行き、大人は仕事に行く。
「渉は将来、なにになるんだ?」
そうおとぎが訊いてきた。
「……おじいちゃんの後をついで、医者になろうかと」
「菜々子の家と同じお医者様か」
「いや、うちはただの町医者だけど」
「お父さんもお医者様なのか?」
とおとぎに見られたおとうさんは、いやいや、と笑う。
「僕は製薬会社で働いてるんだよ。
おくすりを作ってるんだ」
「立派なお仕事じゃな。
それにしても、お母さんのご飯は美味いのう」
いやいや、と穂乃果は照れたように笑う。
「今日はちょっと手抜きで冷凍物が多いんだけどね。
明日の朝も仕事が早いから、パンくらいしか出せないし」
「いやいや。
かたじけない。
お腹いっぱい食べられるだけでありがたい」
とおとぎはご飯と穂乃果に向かい、手を合わせる。
吉原は豪奢なところらしいのに、そこで働いている子どもたちはお腹いっぱい食べることもできないのか、と思う。
「そういえば、江戸では、朝ごはんのおかずは、ぼてふりが家まで売りにくるんだ」
まあ、と穂乃果の目が輝いた。
ぼてふりという天秤棒をかついだ行商人たちが、毎朝、納豆や豆腐などを家まで売りに来るらしい。
だから、冷蔵庫のなかった江戸でも困らなかったのだと言う。
「毎日、宅配朝ごはん、ステキ」
と穂乃果がうっとりとする。
この人、料理人なのに、料理嫌いなのだろうか……。
「……忙しいときは、俺もなにか手伝うよ」
と言うと、おとぎも、
「私も手伝うよ」
と言う。
滋は先ほどからのおとぎの話に感心し、
「おとぎちゃん、よく知ってるんだねえ」
と言っていた。
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