おとぎ ~花魁候補の少女がやってきて、突然はじまる江戸ライフ~

菱沼あゆ

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祈り

おとぎ、縁日を語る

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 三人で道を歩いていると、突然、騒がしい音が聞こえてきた。

 誰かがゲームセンターから出てきたのだ。

 自動のガラス扉が開いた瞬間、ガーッと中から、いろんな音があふれ出してくる。

 だが、扉が閉まった瞬間にそれは消えた。

「すごい音じゃな」
 驚いて足を止めたおとぎが店内を覗きながら言う。

「まるで、縁日のような騒がしさじゃ」

「縁日か。
 最近、行ってないな」

 そう渉が言うと、
「江戸は毎日、縁日のようじゃったぞ」
と言って、おとぎは笑う。

 過去形だな。
 もう帰れないと思っているからか。

 いや、違う。
 江戸に帰っても、行けないんだ。

 吉原という檻の中に閉じ込められているから。

 なにも知らない無邪気な武家の娘だったころのおとぎは、どんな風だったんだろうと考える。

「浅草には、見せもの小屋とかあって、面白いぞ」

「ラクダがいたとか聞いた気がするが」
とメガネが言い、

「人魚とか、生き人形とかもいたとか」
と渉も言った。

「小さいときの記憶だから、確かじゃないが。

 人魚は見た気がするなあ。
 ラクダと生き人形は見ていないが。

 生き人形の方は、ちょっと怖いかな」
とおとぎは笑う。

 人魚も生き人形も、ちょっと見てみたいと渉は思った。
 おそらく、なにも本物ではないのだろうが。

 どのように作ってあるのかが気になるし。

 本物でないからこそ醸し出せる、怪しい雰囲気のある見せ物小屋に興味があった。

「古い遊園地に残ってる昔のお化け屋敷みたいな感じかな」
とメガネもいろいろと想像してみているようだった。

 そのとき、おとぎが足を止めているのに気がついた。

 そこはあの住宅と住宅の間の細い路地。

 おとぎが現れた小さな社の前だった。

 お賽銭箱もないのに、五円とか十円とか社の前に置いてある。
 
 だが、おとぎが見つめているのは、その後ろにある木だった。

 社は小さいが、その後ろの木は、そこそこの大きさで。
 さわさわと夜風に梢を揺らしている。

「なんだか、この木が気になるんだ。
 懐かしい感じのする木なんだ……」

 おとぎは憂いをおびた瞳でその木を見上げていた。
 
「……私には未来が見えると言ったが」

 そこまで言って、おとぎは続きを言うのをやめる。

「よし。
 帰って歯ブラシを作ってみよう」

「そうだな」
と渉は言って、今の言葉のつづきを追求したりはしなかった。

 おとぎが話したくなったら話すだろうと思ったのだ。

「じゃあ、僕はここで。
 歯ブラシ、明日、学校に持ってくよ」
と言うメガネに手を振り、別れた。



  渉が柳で歯ブラシを作っている間、おとぎは千代紙でちょうちょのようなものを作っていた。

 カメが貸してくれたという扇子を広げたおとぎは、千代紙のちょうちょを空中に放り投げる。

 すると、まるで生きているかのように、そのちょうちょがひらひらと舞いはじめた。

「浮かれの蝶じゃ」
とおとぎが言う

「吉原の芸なのか?」

「いや、手妻てづまじゃ。
 姉さんたちの客に習ったのじゃ」

 江戸ではマジックのことを手妻というらしい。

 おとぎは今、菜々子にもらった普通の服を着ているが。

 華やかな着物をまとい、この芸をやると、蝶のように袖が舞い、かんざしが煌めいて美しいのだろうなと渉は思った。
 
 
 その夜、怪しいサーカスの夢を見た。

 巨大な張子はりこの生き人形が誰も動かしていないのに、サーカスの幕の向こうでうごめいている。

 その前で、着物を着たおとぎが、カラフルなちょうちょを舞わせていた。

 扇子ではなく、千代紙みたいな色柄の袖を振り、ふわりふわりとちょうちょを踊らせる。
 
 おとぎが来てから、彼女の話を聞いて、想像を膨らませるだけで、見たこともない江戸の町が、手触りを感じるくらい近くに感じられるようになっていた。




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