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第三章 禁断のプロポーズ
全部嘘だと思いたいです
しおりを挟む「五十万当たりました」
「なに無表情に言ってんだ」
晩ご飯のとき、夏目にまず、それを報告した。
「あげます」
と可愛い封筒に入れた一万円を鞄から出して渡す。
夏目は、
「いらん」
と言ったあとで、
「五十万も当たったのに、なんでそんなにテンション低いんだ」
と言ってくる。
「五十万もとか言っていただいてありがとうございます」
「誰かに五十万なんて、はした金とでも言われたか」
普段なら、ぎくりとするところだが、今日はそのまま流してしまう。
「そうなんです」
「広瀬か」
「そうなんです。
あの人は意地悪の極みです。
そして、庶民の気持ちがわかりません」
「そう思うのに、何故、お前は広瀬と居るんだ?」
え? と未咲は顔を上げた。
夏目は魚を綺麗に解体しながら、
「お前と広瀬のことは知っている」
と言い出した。
「……どうして?」
「カマかけただけだ」
しまった……と思ったが、そんなに感慨もなかった。
夏目にあの事実を告げるか。
ずっと迷っていた。
そちらの方が気になって、あまり他の感情は湧いてこない。
「いや、広瀬とのことはずっと疑っていた」
だから焦っていたのもある、と夏目は言う。
この人が焦ってるとこなんか見せたかな、と思ったのだが、まあ、あまり、感情の出にくい人だから、と思った。
「あの男、お前と話してるときだけ、少し表情が柔らかいからな」
「それは私をオモチャにして、楽しんでるからですよ。
あ、妙な意味じゃなくて。
仕事中でも人が居ないと、言葉で私をいたぶって、ストレス発散してるんです」
「お前と広瀬の関係はなんなんだ」
「……私、高校生のとき、広瀬専務に二千万で買われたんです」
さすがの夏目も箸を止めた。
「いえ、おかしな意味じゃなくて。
二千万、専務が貸してくれたんですよ。
でも、それだけじゃないかも。
育ての親の事業が元に戻ったのは、もしかしたら」
智久が裏でなにか口添えしてくれていたのではないと思っていた。
そういうのを気づかれたくない人なので、礼も言わずに黙っているのだが、感謝はしている。
気まぐれと親切だろうと思っていたのだが。
さっきの告白を聞いてからは、なにか裏があったのかも、と疑い始めている。
『出会ったのは偶然だが、声をかけたのは気まぐれじゃない。
お前がその顔をしていたからだ――』
「会社に入れてくれたのも、専務です。
その代わり、社内や秘書課でおかしな動きがあったら教えろと言われました」
「俺のところに居るのも広瀬の指示か」
「いや、そのことに関しては、阿呆か、と言われましたが。
まあ、ただの勢いです。
専務には、使えないくノ一だと思われてます」
「いや……俺には充分使えてると思うが」
と夏目は言い出す。
「そんな奇特な人は貴方くらいのものですよ」
「他にも誰か色仕掛けとか使ったことあるのか?」
「あなたにも使った覚えはないんですけどね」
と言うと、
「で、何故、今、それを話す気になった」
と言われる。
「……あなたに気を許したからですかね?」
違うだろう、と夏目は言った。
困ったことに何処までも冷静な人だ。
未咲は箸を置く。
「私――
夏目さんが好きです。
今、わかりました」
もうこの人とは駄目なのかもしれないと思って初めて。
いや、手放さなければならないと思うから恋しくなるのか。
俯き黙っていると、夏目が身を乗り出し、口づけてきた。
拒否しなければと思うのに、出来なかった。
私は今、この人に求められても、拒否できず、なにも言えない。
夜半すぎ、寝ている夏目の顔を見た。
畳に手をつき、身を乗り出した未咲は、薄く障子を開けてみる。
その隙間から、夜風を感じた。
膝を抱え、じっとしていると、背中に、じかに風が当たり、気持ちよかった。
そのまま、目を閉じる。
いつだったか、夏目が、此処にこうしていても、外からは見えない、と言ったことを思い出す。
夏目の顔を見下ろした。
私と似ているような似ていないような。
いや……、似てないよな。
でも、似ていると感じなくもない。
何故だろう、と考えたが、今は答えは出なかった。
寝ている夏目に、自分から口づけてみる。
「……どうした」
と寝ていた彼が手を伸ばし、抱き寄せてくる。
「なにかあったのか?」
広瀬になにか言われたのか?
と何故か訊いてきた。
「言われたって言ったじゃないですか。
五十万なんて、はした金って。
お金返そうと思ったのに」
と言うと、
「まあ、焼け石に水だな」
と夏目は、その言葉を信じているのかいないのか、そう言った。
「夏目さん、実はそういうとこ、専務と似てますよね」
と文句をたれながら、その胸に頬を寄せ、目を閉じた。
夏目の心音を感じる。
きっとまた全部、専務の嫌がらせだ、そう思うことにした――。
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