禁断のプロポーズ

菱沼あゆ

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第二章 愛人課の秘密

夏目さんは可愛いですよ

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「もう~。
 なんで僕の意見を無視して、そんな話勝手に決めてくるんだよ」

 古い造りなので、昼間でも薄暗く感じる夏目家の台所。

 今はもちろん、真っ暗なので、時折、瞬く蛍光灯をつけていた。

 古いテーブルに、買い物袋から大きな車海老を出しながら、克己はそんな文句を言ってくる。

「すみません。
 つい」
と未咲が苦笑いして言うと、

「しょうのない子だねえ」
と言われるが、本気で怒っているようにはなかった。

「美女に囲まれて呑むの、お嫌いですか?」

「嫌いって言ったろう」

 あら、と桜が口を挟んでくる。

「水沢さんは、灰原も嫌いなんですか?」

 桜の中の彼女の評価はそう悪くないようだった。

「嫌いっていうか」
とシンクに海老を置いた克己の背を見ながら、未咲が代わりに答えた。

「水沢さんのことが好きな人を水沢さんは嫌いなんですよね」

「いや、誰彼構わず、嫌いなわけじゃないよ。

 嫌いというわけでもない。

 警戒してるだけだ」

「可愛くないですね」
と未咲が言ってやると、なにっ? と振り返る。

「君のご亭主ほど可愛げなくはないと思うけど?」
と包丁を手にしたまま、振り返り言ってくるので、なんとなく、おっと、と逃げながら、

「ご亭主って……。
 夏目さんは可愛いですよ」

「あいつがどう可愛いのか知らないけど。
 そんなところは、君にしか見せないの」

「そうですかねえ?」

「ねえ、あんたたち、いつ、結婚するの?」

 唐突に桜がそう訊いてきた。

「いや……特に決めてないんですけど。
 っていうか、夏目さん、ほんとに結婚する気、あるんですかね?」

 そう言うと、克己が、
「僕には君の方がなさそうに見えるんだけど。
 ところで君たちは料理しないの?」
と言う。

「しません。
 ほら、台所混むと使いづらいでしょ、水沢さん」

「しません。
 私、料理できないから」

 えっ!? と桜の言葉に二人は振り向いた。

「めちゃできそうですよ!? 桜さんっ
 ぱぱっと鯛めしとか作りそうな感じですが」

「何故、鯛めし……」
と克己が突っ込む。

 いや、単に今、食べたかったからだ。

 桜は威張ったように腰に両手をやったまま、少し赤くなり言った。
「うちはママが全部作るから」

「ママ!?」

「なによ、悪い?
 ……ママは自分が完璧にやりたい人だから、私が手を出すことを好まなかったのよ。

 だから、小さいときから、お手伝いをしたこともないわ」

 ああ、そういう家庭で育つと、こんな感じの人に、と思った。

 お嬢様で、女王様な感じだ。

 克己が笑って言う。

「まあ、うちの会社の女子社員は、こういう人、多いからね。
 途中でやめても困らないような、おうちのいい人が多いんだよ。

 女子社員は飾り物だと思ってるから」

 また、身も蓋もないこと言い出したな、と思いながら、桜に訊いてみた。

「あのー、桜さん。
 結婚したら、誰が料理を作るんですか?」

「私に決まってるでしょう。
 料理教室にでも通って、完璧に作ってやるわよ」

 作りそうだ。

「でも、お母さんに習ったらどうですか?
 お料理上手なんでしょう?」
と言うと、克己が、

「母親に習ったら、喧嘩になるよね」
と実感を込めて言う。

「そういうものなんですか」

 いささか複雑な家庭環境だったので、その辺のところがよくわからないのだが、と思っていた。

「水沢さんはお母様に習われたんですか?」

「母親にも習ったよ。
 大喧嘩しながらね。

 どうしてもその味を覚えたかったから。
 だって、自分が一番気に入ってる味じゃない」

「でも、克己さんの料理って、両極端な感じが。

 南国風の料理も美味しいんですけど。

 前回、一品、つまみ的なものを作ってくれたじゃないですか。

 家庭料理みたいな。

 ああいう和食はまた、ガラッと味が違って、いいですよね」

「うん。
 あれはね、習った人が違うからだよ。

 僕のオリジナルだとまた違う」

 へえー、と思った。

 自分なら、最終的には、全部自分寄りの味にしてしまいそうだが。

 それだけ克己は習った人たちの味を大事にしているということか。

「そのつまみは小料理屋とかで習うんですか?」

 参考にしようと思っているのか、桜がそう訊いていた。

 克己は少し、考え、……いや、と言う。

「昔、好きだった人に習ったんだよ。

 その人が、母の味も習っておいた方がいいって言うから、母からも習ったんだ」

「ええっ!? 水沢さんに好きな人っ?」

「なに、君ら、その言い方」

「だって、水沢さんって、チャラそうに見えて、クールなのにっ」

 そう叫んだ未咲に克己は、
「……君はほんとに」
 夏目のしつけがなってないねえ、と言い出す。

「困ったわんこだね。
 そういった話は、さらりと流してよ」

「でも、水沢さんが好きになる人って、素敵な人なんでしょうね」

 好みがうるさそうだから、と思って言うと、

「君が……」
と言いかけ、克己はやめた。

「それにしても、平山さんも、未咲ちゃんと一緒だと女子高生のように、かしましいよね」

 そう言われ、桜は赤くなり、
「そんなことないですよ」
と否定する。

「料理教えてあげようか、平山さん」

「えっ、いいですっ」

「君の好きな人は自分では料理しないと思うよ」

 桜がどきりとした顔をした。

 この人、本当になんでもお見通しなのか、カマをかけているのか。

 智久さんも作らないこともないんだが……。

 ピラフとかピラフとかピラフとか。

 でも、あれはあれで、こだわりすぎてうるさいからな、と未咲は思っていた。



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