禁断のプロポーズ

菱沼あゆ

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第二章 愛人課の秘密

一体、誰が誰の愛人なんだろう?

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 水沢たちと別れたあと、廊下から扉の開いた第二秘書室を眺めながら、未咲は思っていた。

 一体、誰が誰の愛人なんだろうな、と。

 興味はないが、知ってしまった以上、いろんな意味で、気が抜けなくなったのは確かだ。

「なに見てんだ」
と後ろから頭をはたかれ、振り返ると、夏目が立っていた。

「挙動不審だぞ。
 まあ、入社したときから、ずっとだが」

「あれっ?
 こっちに来るなんて珍しいですね」

「ちょっとな」

 夏目は、そう面倒臭そうに溜息をつく。

 どうでもいいが、社内でスーツ姿だと一層格好いいな、と思っていた。

 あのとき、うっかりプロポーズしてよかった。

 ここで、この格好のこの人と結婚したい、としょうもないことを考えていたのだが。

 そういえば、夏目に言っておかねばならないことがある、と思い出した。

「あの、今日なんですが、水沢さんと一緒に、桜さんも来ることになりました。
 いいですか?」

「いいですかって、もう呼んだんだろう。
 お前が呼びたきゃ好きにしろ」

「いや、考えてみれば、うちの家でもないなー、と思って」

 夏目はそこで渋い顔をして言う。

「もうお前の家だろう」

 嬉しいけど。

 まだ結婚したわけじゃないしなあ、と思っていた。

 そういえば、プロポーズした日、日取りの方はちょっと待てとか言ってたっけ?

 どうするのかなあ、とじっと見つめると、夏目が目をそらす。

「社内で、そういう目をするな」

「そういう目ってどういう目ですか」

「……自覚がないから、怖いんだ」

 じゃあな、と軽く頭を叩いて行ってしまう。

 廊下を行く後ろ姿を見送っていると、

「なに?
 意外にも、ラブラブじゃない。

 もしかして、もう結婚してやめる?」
と背後から訊かれた。

 灰原が腕を組んで立っていた。

 この人、よくこういうポーズだけど、これってやっぱり、周りに対して身構えているからなのかなあ。

 それとも癖? と思っていると、
「ちょっと寂しくなるわね」
と灰原がもらした。

「あ、ありがとうございます。
 でも、あの、今のところ、やめる予定ではないんですが」

 肝心のおねえちゃんのことがなにもわかっていないのに、やめられない。

 ちょっと怪しいが、格好いい結婚相手を見つけて幸せになるので、調べるのやめますなんて、天国のおねえちゃんに殴られようというものだ。

 いや、天国に居るかは知らないが。

「あの、ここって、結婚したら、普通、やめるものなんですか?」
と訊いてみる。

 灰原は困った顔をし、
「この会社全体?
 それとも第二?」
と訊いてくる。

「第二です」

「すごくキャリアを積んでた人だと残ったりもするわ。
 でも、……大抵はやめちゃうわね」

 まあ、そうか、と思う。

 愛人をやっていたような人は、結婚して、そのままここに残れるはずもない。

「灰原さん……」

 なに? と物思うような顔をしていた灰原が目を上げた。

「いえ」

 あなたもですか、と訊きたかった。

 そうではないと言って欲しかった。

 灰原とは腹を割って話したい気がしたからだ。

 人としても、姉のことを調べている人間としても。

 桜は恐らく、入社当初から目立ち過ぎ、同僚からは距離を置かれている。

 憧れている女子社員は多いようなのだが、恐れ多くて近寄れない、といった感じだ。

 社内のしょうもない噂話を彼女にしそうな人間は居ない。

 いつも群れている灰原の方がいろいろ知っていそうなのだが。

「昔……。
 あなたにちょっと似た先輩がいたの。

 桜さんの同期だった」

 急に彼女はそんな話し始める。

 未咲は動揺を顔に出さないよう努めた。

「ざっくばらんで面倒見が良くて、素敵な先輩だった。
 桜さんみたいに近寄りがたくないしね。

 ああ、あの人が悪いと言ってるんじゃないんだけど。

 その人、いつも明るい人だったけど、時折、表情を曇らせるようになって。

 会社をやめて、……自殺した。

 気づいていたのに、なにもしてあげられないままだった。

 変ね。
 なんで今、あなたにこんな話してるのかしら。

 きっと顔の似てるあなたがまたやめようとしているからね。

 まあ、あなたはやめても、ちゃんと幸せになりそうだけど」

「灰原さん」

 俯き、廊下の床を見つめていた灰原に未咲はいきなり抱きついた。

「えっ。
 ちょっとっ。

 なんなの、あなたはっ。
 もう~っ」

 そう言いながらも、灰原は嫌そうではなかった。

「大丈夫ですっ。
 私、明日の初給料をもらうまではやめませんからっ」

「そ、そういえば、まだだったわね。
 あなたって、ずっと前からいる気がしてたんだけど、なんとなく」

 ありがとうございます、と未咲は思っていた。

 今まで誰からも。

 夏目からも、桜からも聞かなかったような、姉に対する優しい言葉を口にしてくれた灰原に感謝した。

「また、呑みに行きましょうね」

「そうよ。
 克己さん、また連れてきてよね」
と照れたように灰原は言う。

「了解ですっ」
と克己の意見を無視し、未咲は最敬礼で答えた。


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