禁断のプロポーズ

菱沼あゆ

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第二章 愛人課の秘密

今日はなに作ってくれるんですか?

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 外の廊下に出た未咲は、大きく伸びをする。

 あー、専務室疲れる。

 あれだけデカイ態度で、なに言ってんだと言われそうだな、と思ったそのとき、
「おはよう」
と爽やかに克己が声をかけてきた。

「おはようございます。
 今日、来られるんでしたよね?」

 微笑みかけた未咲は、

「どうしたの?
 なんかいいことあった?」
と言われる。

「は?」

「今日はいつもと違うよ」

「そ、そうですか?」

 智久に言われたことを思い出し、ぎくりと、頬に手をやってみる。

 その仕草を見、克己は、ははは、と笑った。

 もしかしたら、智久と同じことを言おうとしていたのかもしれない。

「今日行って、お邪魔じゃない?」
と訊いてくる。

 どういう意味で言ったのかわからないが、つい、深読みしてしまい、未咲は慌てて答えた。

「お邪魔じゃないですよっ。
 楽しみにしてるんですからっ。

 今日はなに作ってくれるんですか?」

 そう言うと、克己は困ったように笑って言った。

「君はなにかこう、わんこのようだよね。
 懐くと、真っ直ぐ忠実に走ってきそうな感じで、可愛いね」

 ……褒めているのだろうか、それは、と思ったとき、外に出てきていた桜が言った。

「あら、水沢さん、今日も夏目家に遊びに行くんですか?」

「君も来る?
 って、僕の家じゃないか」

 そう笑った克己の言葉を引き取り、
「あっ、そうですよっ。
 桜さんもどうですか?」
と訊いてみた。

 酒を呑むのは、大人数の方が楽しいからだ。

「えっ、私?」
と桜は何故か赤くなる。

 まさか、克己にも気があったのだろうか、と思ってしまったが、そうではないようだった。

「あんまり会社の人の家とか行かないから、なんか落ち着かなくて、照れるのよね」
と桜は言う。

 秘書課の中は、仕事のことだけでなく、恋愛事情や、誰が誰の愛人でスパイなのかわからないことから、異様な緊迫感があるようだったから。

 そんな風に馴れ合うことなど、今までなかったのかもれしない。

 それは寂しいことだな、と未咲は思っていた。

 せっかく、こんな個性的な人たちが集っているのに。

 未咲は桜の手を取り、

「ぜひ、来てください。
 一緒にコンビニで、なにか買って帰りましょう」
と訴える。

 桜は照れたように笑い、克己は、

「……てことは、作らないんだね、君たちは」
と苦笑いしていた。


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