禁断のプロポーズ

菱沼あゆ

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第一章 オフィスの罠

イヤリングの秘密

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「見せてみろ」

 人気のない時間帯、未咲は智久に昨夜の話をしていた。

 智久はあっさり、それを見せろと言ってくる。

「今、持ってません」

「嘘をつけ。
 お前の性格から言って、持っていないはずがない。

 確かめる機会を窺っているはずだからな」

 そう言われ、渋々、ポケットから出した。

 桜にも見せるべきだったが、見せた瞬間、嫌なことを言われそうだったから。

 だが、その嫌な台詞は智久の口から出た。

「見覚えがあるな」

「ええっ!?」

「……なんだ、その反応。
 聞きたくないのか?」
とそれを手に言う。

「い、いえ、お願いします」

「お前の姉さんのイヤリングだ」

 智久は笑って言った。

「渋い顔だな」
と。

「なんで専務がそんなこと知ってるんですか」
と教えてくれなくていいことを教えてくれる智久を睨むと、

「なあに、話は簡単だ。
 これは、組合のボウリング大会の景品だからだ」
と言った。

「景品?」

「しかも、俺が買ったんだ。
 忘れない。

 会社の関係で、付き合いのある店から買ったんだしな。

 お前の姉さんが、二位になって、それを持って帰った。

 ただ、そのあと、趣味に合わないからと誰かにあげてたら知らないが。

 まあ、会社につけて来てたのを見たことはあるがな。

 結構高いんだぞ、それ」

「姉がこれを持ってたことをみんな知ってたわけですね」

「いやあ、みんなじゃないだろう。
 いちいち、人の賞品を覗き込む奴ばかりじゃないから。

 ただ、まあ、知ってる奴が見たら、一発でわかるかな」

「おねえちゃんか、おねえちゃん以外の誰かがわざとこれを置いて行ったんですかね? 課長の家に。

 その、一発でおねえちゃんのだとわかる品を」

「誰が置いたにしても、客が入らないようなお前の部屋に、その人間は入れたというわけだな」

「専務は本当に嫌なことを言いますね」

「なんでだ。
 男かもしれないだろ。

 お前の部屋に誰か入らなかったか?」

「うーん。
 入って、それを置ける可能性があったのは、私の知る範囲では、水沢さんだけですね」
と言うと、笑い出す。

「死ぬほど怪しい奴だな」
と。

 いや、あなたには負けますよ、と思って聞いていた。

「そんな顔をしているということは、夏目に本気になったのか」

「いえ。
 ただ、気持ちが悪いだけです。

 なんだかわからないものが部屋にあるのが」

「じゃあ、夏目に訊いてみればいい」
と言いながら、智久はそれを未咲の手のひらに落とす。

「ところで、専務もボウリング大会の景品を買ったりするんですね」

「あの頃は専務じゃなかったからな。
 だから、俺のことをよく思ってない連中も、わんさか居るだろうよ。

 平山が来たぞ」
と言い様、智久はそこにあったファイルで、いきなり頭をはたく。

「以後、気をつけろ」
と怒った顔で、デスクに戻った。

 ごまかすにしても、他のやり方があるんじゃないですかねっ、と思ったが。
 言っても後が怖いので、黙っていた。

 所詮、私は二千万で買われた下僕だしな。

 そう思いながら、

「どうもすみませんでした」
と慇懃無礼なまでに深々とお辞儀をして見せた。

 智久が小声で言う。

「志貴島未咲。
 反抗的。

 評価はバツだな」

 いっそ、クビにしてください、とちょっと思った。


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