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第一章 オフィスの罠
使えないくノ一だな
しおりを挟む「今、私は後悔してますよー」
「なにをだ」
と智久が言う。
桜も佐々木も社外に出ていた。
他に、ふいに専務室に入ってくるような輩は居ないので。
未咲は回覧を手に、智久のデスクに腰で寄りかかり、仕事中の彼と話していた。
「せめて、二百万だけでも返しておかなかったことをですよ」
「そんな、はした金はいらん。
返すのなら、耳そろえて全額返せ」
ノートパソコンの画面を見たまま、智久は言う。
「二千万でも、はした金なくせに~」
そう未咲が言うと、智久はパソコンから顔を上げ、言った。
「ごちゃごちゃ言わずとも、お前には、まだ、なにも厄介なことは頼んでないと思うがな」
「まだ、ですか」
「頼むとしたら、夏目の寝首をかいてこいってことくらいか?」
ふたたび、画面に視線を落とし、そんな戯言を言った。
「嫌ですよ、先に私がやられますよ、どう考えても」
「使えないくノ一だな」
色仕掛けの使えないくノ一か、と呟く。
そんな智久を見下ろし、いちいちうるさいご主人様だ、と思っていた。
「そろそろ佐々木が帰るぞ、そこを退け」
とデスクに寄りかかっていたお尻をはたかれる。
「気安く触らないでぐださいよ、もうーっ」
と未咲が退きながら言うと、智久は呆れた顔をする。
「二千万もやって、ちょっと触っただけで、それか」
「返しますよ、いつか。
っていうか……」
キスしたくせに、という言葉を口に出すのも恥ずかしかったので飲み込むと、智久はわかっているのか、眼鏡を置いて、大真面目な顔で言い出す。
「あれで二千万は高いだろう」
「でも、はしたなんですよね? 二千万」
とデスクに手をつき、未咲は智久の顔を見た。
「専務」
「なんだ」
「今、お前にはって言いましたよね。
他に誰になにを頼んでるんですか?」
「くの一は、頭じゃなくて、身体が使えるだけの方がいいんだぞ」
「そんなスパイは使い物になりませんよ。
絶対、足を引っ張られます。
獅子身中の虫って言うでしょ」
「……お前が獅子だろ」
俺は夏目より、お前が恐ろしい、と言う。
「じゃ、佐々木さんが来たらいけないから、もう行きますね」
はい、とそういえば、持ってきたんだった社内回覧をデスクに置いて、行こうとすると、
「未咲」
と呼びかけてくる。
振り返ると、智久は、
「使えないスパイだが、情がないわけでもない。
だから教えてやろう」
と言ってきた。
「お前、夏目はやめておけ」
「え」
「お前は必ず、後悔する」
ちらと人気のないガラス張りの廊下を見、
「行け」
と言った。
ちょうど佐々木が専務室の入り口のドアを開けるところだった。
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