27 / 95
第一章 オフィスの罠
お前のせいだ
しおりを挟む「お前のせいだ」
はいっ? と未咲は歯ブラシを手に振り返った。
朝の洗面所で、いきなり夏目が毒づいてきたからだ。
「夢の中で、ばあさんがずっと、ゴムまりみたいに跳ねてた……」
そう不機嫌に言う夏目に、ははは、と苦笑いしたとき、
「やあやあ、おはよう」
と朝っぱらから、爽やかに克己が現れた。
「ごめんねー。
昨夜は泊まっちゃって。
ごめんねついでに、スーツ貸してよ、夏目」
「あれっ?
水沢さん、課長のスーツで大丈夫ですか?」
と言って、
「それって、どういう意味で?」
と訊き返される。
「いや、水沢さんって、ちょっと華奢そうって言うか」
「そりゃ、顔が細いからそう見えるだけじゃない?
そんなに体格変わらないよね」
と克己は確かめるように、夏目の腕を叩いてみせる。
夏目は克己の全身を見、
「そうですね。
顔のない死体として入れ替わったら、わからないくらいには」
と言った。
「でも、水沢さん、色白だから」
と未咲が言うと、
「じゃ、焼死体で」
と言う。
「……朝からロクでもないね、この家の会話は」
そう言ったあとで、克己はいきなり未咲の腕を引き、抱き寄せた。
「ほらー、抱かれた感触が変わらないでしょ」
だが、すぐに夏目に引き剥がされる。
「い、いや、課長とそんなことしたことないですから」
と言うと、余計なことを言うな、という目で夏目に睨まれた。
克己は、自分と夏目の間になにもないことを知っているので、別にいいような気もするのだが。
案の定、克己はなにも気にする風にもなく、笑顔で、
「お世話になったお礼に、僕が朝ご飯作ってあげようか?」
と言い出した。
「えっ、悪いですっ。
そんな」
「いやいや、別に悪くないよ。
冷蔵庫の中のもの、好きに使っていい?」
そう訊いてくる克己に、
「それは構いませんが」
と夏目が、少し申し訳なさそうに答える。
「気にしないで。
料理好きなんだ。
和食じゃなくていいかな?」
「はいっ」
「じゃ、支度してなよ。
大丈夫。
一服盛ったりしないから」
爽やかに笑ってみせる克己に、未咲は、
「……そうわざわざ言われると、逆に不安になるんですけどね」
と呟いた。
いつも自分たちが使っているのと同じ材料のはずなのに、克己の作ってくれた朝食は、不思議にハワイ風な感じだった。
ハワイというか、グァムというか。
南の島風?
見た目に、とても鮮やかだ。
スパイシーで少し甘い。
まあ、海外に行ったこともなければ、パスポートもとったことない人間なので、本当にそれが南の島風なのかは知らないが。
ともかく、
「美味しいですっ」
と未咲が言うと、克己は嬉しそうに頭を撫でてくれた。
夏目がそれを横目に見ている。
「ねえ、未咲ちゃんは料理はどうなの?」
そう問うてくる克己に、
「えっ。
えーと、普通です」
と答えると、
「不味くはないです」
と夏目が微妙に訂正してきた。
どういう意味だ? と睨むと、夏目は他所を向く。
「さてと。
僕、もう行った方がいいんで、お先に。
じゃ、夏目、服はクリーニングして返すから」
「いえ、そのまま返してくださって結構です」
そう言いながら、夏目が見送りに立ち上がる。
秘書の出勤時間は、少し早い。
そう決まっているわけではなく、みんながそうしているので、なんとなくだ。
本当は自分も出た方がいいのではないかと時計を見て思ったが。
克己は一緒に出社するような事態を避けるために、先に出るのかもと思い、遠慮した。
玄関先で、二人で克己を見送ると、
「なんだか新婚夫婦の新居に遊びに来て、見送られてるみたいだね。
じゃあ、ありがとう」
と手を挙げ、行ってしまう。
すりガラスの戸が閉まり、スーツを着た克己の影が、遠ざかっていく。
通りに出て曲がったらしく、そのぼんやりとした人影が見えなくなったので、自分も支度しに行こうと思ったとき、夏目に強く腕をつかまれた。
「なっ、なんなんですかっ」
と身を引くと、少しこちらの顔を見たあとで、
「いや、別に」
と手を離して、行ってしまう。
……本当によくわからない人だ、と思いながら、その後ろ姿を見送った。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
濃厚接触、したい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
とうとう我が社でもテレワークがはじまったのはいいんだけど。
いつも無表情、きっと表情筋を前世に忘れてきた課長が。
課長がー!!
このギャップ萌え、どうしてくれよう……?
******
2020/04/30 公開
******
表紙画像 Photo by Henry & Co. on Unsplash
イケメンエリート軍団の籠の中
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり
女子社員募集要項がネットを賑わした
1名の採用に300人以上が殺到する
松村舞衣(24歳)
友達につき合って応募しただけなのに
何故かその超難関を突破する
凪さん、映司さん、謙人さん、
トオルさん、ジャスティン
イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々
でも、なんか、なんだか、息苦しい~~
イケメンエリート軍団の鳥かごの中に
私、飼われてしまったみたい…
「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる
他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
甘い失恋
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私は今日、2年間務めた派遣先の会社の契約を終えた。
重い荷物を抱えエレベーターを待っていたら、上司の梅原課長が持ってくれた。
ふたりっきりのエレベター、彼の後ろ姿を見ながらふと思う。
ああ、私は――。
なりゆきで、君の体を調教中
星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる