禁断のプロポーズ

菱沼あゆ

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第一章 オフィスの罠

そして、あのときを迎える……

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 その一週間後、所属の発表があった。

「広瀬専務、平山桜、志貴島未咲」

「えっ。
 はいっ」
と他所を見ていた未咲は顔を上げた。

 えっ、なんであの新人が!? という目で見られる。

 解散したあと、

「水沢さんっ」
と未咲は第一秘書課で、一番話しやすい克己を追いかけた。

 克己は足を止め、振り返り言う。

「おめでとう。
 新人で広瀬専務とはね」

「広瀬専務が更に昇進してったら、君にとってもラッキーだね」

「……すぐクビになる気がしますが」

 それにしても、何故……と呟くと、克己が教えてくれる。

「平山桜が願い出たらしいよ。
 君を鍛えてみたいって」

「え」

 鍛えてみたいねえ。

 私を側に置きたい理由は違う気がするけど、と未咲は思っていた。

「それにしても、専務はこんなマヌケが秘書でいいんですかね?」

「いいんじゃない?
 第二秘書は顔だけだから」

 克己は素晴らしい笑顔でそんなことを言い出す。

「あのー、水沢さん、私はいいんですけど。
 平山さんは……」

「そうだねえ。
 彼女はそのうち、第一に来られるかもね。

 まあ、君も頑張って」
と言われて、溜息をついた。

 やっぱ、第二って、そういう部署なんだな。

 わかってたけど……。

 克己が居なくなったあと、
「ちょっとあんた」
と他の第二の先輩たちに呼び止められる。

 麗しい美女たちに囲まれ、
「はあ、なんでしょう」
と未咲は気のない声で言った。

 配属が衝撃的すぎて。
 これから先のことにいろいろと思いを巡らせていたからだ。

 だが、構わず、先輩たちは文句を言ってくる。

「なんなの、あんた。
 なんで、あんなに水沢さんと親しげなの?」

「は?
 水沢さん?」

「おまけに桜さんにまで取り入って、いきなり広瀬専務につくってどういうこと?」

 あの~、と言うと、なにっ? と睨まれる。

「あの、すみません。
 私、今、それどころじゃなくって。

 そうだ。
 誰か、代わってくださいませんか?」
と言って、はあ!? と言われた。

 今は、社内の闘争に関わっている場合ではない。

 肝心の遠崎夏目は二月の人事異動で、隣のビルにある部署に移ってしまったらしいし。

 なんとしても、遠崎夏目に会わなくては、と未咲は思いつめていた。

 姉の日記に繰り返し出ていたあの男――。

 未咲は、もう恋をしているくらいの勢いで、毎日、夏目の姿を探していた。




「志貴島未咲っ。
 なにやってんのよっ」

 今日も給湯室で未咲は怒鳴られていた。

 何故、フルネームで呼ぶのだろうな、と思いながら。

「あんたの淹れたお茶はまずいのよ。

 仕出しは引っ繰り返すし。

 お客様に気持ち良く過ごしていただこうって気持ちはないのっ?」

 未咲は、頭ごなしに怒鳴りつける桜に言った。

「平山さんはすごいですよねえ」

 桜が、はあ? という顔をする。

「いえ、ぱっと見、怖いし、闇雲に怒鳴ってる感じなんですけど」

「……あんた、言うわね」

「ちゃんとお客様とか専務とか、他の役員の方のことも考えて動いてますよね」

 桜は少し考え、言った。

「お茶出しなんて仕事じゃないって言う人も居るけど。

 私は大事な仕事だと思ってるの。

 ここに緊張して来られる方も多いでしょう?

 でも、適温で美味しいお茶を飲んだら、一瞬、ほっとするじゃない。

 そういうのがお客様の表情に表れた瞬間、私はすごく嬉しいの。

 それで、話がうまくまとまったりしたら、特にね」

「ところで、平山さんは、広瀬専務がお好きなんですか?」

「……なんでそんなこと訊くのよ。
 前もおかしなこと訊いてきたわね。

 あんた、専務に気があるの?」

「ありません。
 もっとも嫌いなタイプです」

 そう? と自分がライバルでないと知っても、桜は不満そうだった。

 自分がいいと思っている男性をけなされたからだろう。

「なにが気に入らないのよ」
と言ってくる。

 逆に、
「専務の何処がいいんですか?」
と訊いてみると、えっ、と桜は赤くなり言う。

「ク、クールなとことか?」

 まあ、表情が乏しいよな。

「頭がいいとことか」

 かなり小賢しい感じがするけど。

「なにより、顔が好みなのよ」

「なんか整い過ぎてて、薄気味悪くないですか?」

「あんた、ずっと腹の中で考えてたことが、最後は声に出てるわよっ」

「す、すみません。
 平山さんのために、黙っておこうと思ってたんですが」

「顔に出るのよ、あんたは、顔に~っ」

 桜はシンクに腰を預けて溜息をつき、
「あんたは、どういうのが好みなのよ」
と訊いてきた。

「うーん。
 好みですか。

 ……そうですねえ。

 まあ、やさしい人ですかね」

 そう言ってみたが、桜には、
「つまらないわね」
と切り捨てられる。

「やっぱり、男は何処か危険な香りがしなくちゃね」

「広瀬専務は危険すぎると思いますが」

「どういう意味よ」

 未咲は、いやあ、と笑って、
「ちょっとお茶淹れる練習します。
 平山さん、一杯、どうですか?」
と言った。

「ほんとマイペースね。
 だから、あんたは得体が知れないって言うのよ。

 もう~っ。
 人のことばっかり訊いて、自分のことはしゃべらないんだからっ。

 なんで、あの女に似てるのかも聞いてないわよ。
 名字も違うし、姉妹じゃないわよね」

 ははは、と笑って誤魔化そうとしたが、なんにも自分のことは言わないのも悪いかと思い、こう言った。

「そうだ。
 気になる人なら居ますよ」

「誰よ」

「企画事業の遠崎課長です」

 まあ、気になるの意味が違うが、と思いながらも未咲が言うと、桜は、

「なんだ。
 ただの面食いじゃないの」
と言う。

「あれっ。
 そういうまとめ方しますか」

「私の好みじゃないから、どうでもいいからね」
と言ったあとで、ふと気付いたように桜は言う。

「でも、そういえば、遠崎って、あの女とは仲良かったわね」

 あんたとよく似た女、と桜は言う。

 その言い方に棘を感じて、未咲は訊いた。

「……仲良かったんですよね? その方と」

 桜は溜息をついて言う。

「確かに結構一緒に居たけど。
 でも、あの女、目立ちすぎたからね。

 あんたも似た顔だけど、人を押し退けてまで、前へ出ようってところはないじゃない。

 だから、印象が違って、みんな気がつかないのかも。

 ……水沢さんに言われたわ。
 あんたが控えめだから選んだのかって。

 あんたが、私を突き飛ばしてでも、専務に気に入られようとか思わない人間だから」

「あの人、綺麗な顔して、ロクなこと言わないですね」

「入社したときから、あの毒舌にさらされてるから、もう慣れたわよ。
 
 ……なによ」

「いえ。
 平山さんにも、入社したときがあったんだなあって思って」

「私だって、最初は初々しかったのよ」

 ちょっと想像がつかないんだが……と思ったのが伝わったらしく、桜は、
「なによ、ほんとよっ。
 今度、入社したときの社内報持ってくるわっ」
とムキになって言う。

「それにしても、遠崎夏目か。
 隣のビルじゃない。

 会う機会、あんまりないでしょうに。

 まあ一応、気にとめておいてあげるわよ」

 ありがとうございます、と未咲は頭を下げた。

「いいから、早く淹れないさいよ。
 お茶淹れる練習するんでしょ」

「あっ、はいっ。
 頑張りますっ」

「さっきから、べらべらしゃべってるだけだったでしょ、あんた。
 手も動かしなさいよ」

「はいっ」

「スポ根ドラマじゃないのよっ。
 ここは秘書室よっ」

「はいっ」

 しかし、克己と桜に関しては、なんとなくスポ根のノリなのだがてんんて。

 そんな話をしていた二週間後だった。

 未咲が夏目と自動販売機の前で会ったのは。


 
「課長っ!

 結婚してくださいっ」


 ……勢い余ってしまったのだ。

 ちょっと。

 そう、ほんのちょっとだけ……。
 
 

 
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