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というわけで、結婚してくださいっ!

鈴の結婚式

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 日曜日の夕方。

 花咲き乱れる湖の前に、祭壇と来客用のベンチが設置してあった。

 野外だが、美しく式場のように整えられている。

 祭壇の後ろに広がるロケーションも素晴らしく、申し分ない結婚式場だった。

 それにしても、なんて豪華な模擬結婚式だ、と鈴は思う。

 ……招待客が。

 あの日と同じ政財界から呼ばれた、両家の親の友人知人。

 そして、とりわけ目を引く、そっくりな美女を従えた尊と征の父。

 好き放題やってるように周りには見えてるんだろうなあ、と鈴は思う。

 清白のトップとしては、その方が格好いいのかもしれないが。

 本当のところ、二人の美女に振り回されているだけなんだが……といつか、二人仲良く出て行ってしまうのではと怯えている正明の言葉を思い出しながら、鈴は見ていた。

「おめでとう、鈴」
葛葉くずはたちがやってくる。

 今回は友人も招待してある。

 もうこれが本当の自分の式だ、という覚悟があるからだ。

 子どもは預けてきたという朋花が、美女二人を見ながら、
「で、どっちがあんたの姑?」
と訊いてくる。

「いや……どっちとどうなっても、両方姑っぽいんだけど」

 なんせ、あの二人、永遠に一緒に居そうな姉妹だからな、と思いながら言うと、

「いや~、旦那がいくらイケメンで金持ちでも、姑ふたりは、うらやましくないわあ」
と朋花は笑う。

 葛葉たちが、なになに? と振り向き、言ってくる。

 朋花が晴一郎と、というか、晴一郎とぽすと話し出すのを見ていると、窪田が側に来た。

「大変、お綺麗ですよ、鈴様」
と既にドレスをまとっている鈴を見て言ってくる。

「そうですか?
 なにやら、和音さんたちの引き立て役になりそうで怖いんですが」

 もしや、そうならないよう気を利かせて、前回の式に、二人とも来なかったのでは? と疑ってしまうほどに、と思っていたのだが、窪田は、

「いえいえ。
 愛する人との式を迎える花嫁の美しさにかなう者は居ませんよ」
と微笑んで言ってくる。

 すると、前回は、惨敗だったということだろうか、と嬉しいながらも思っていると、窪田は、ぺらりと白い紙を渡してきた。

「今回の模擬結婚式のアンケートです」
と言ってきた。

「仕事熱心ですね、窪田さん」
と苦笑いしながらも、

「ありがとうございました」
と礼を言った。

 急な模擬結婚式で一番大変だったのは、窪田と此処のスタッフの人たちだろう。

「いえいえ。
 今回来ていただいたお客様たちにいいホテルだったね、いい式場だったね、と思っていただければ、私はそれで満足でございます」
と窪田は支配人の鏡のようなことを言ってくる。

 そのとき、数志が側に来た。

「泉美さんが、こっち見てますよ」
と窪田に耳打ちしている。

「それにしても、窪田さん。
 なんであんなに、泉美様に目をつけられて、からかわれてるんですか?」
と数志が訊いていた。

「武田執事長の下につく前。

 会社の方に入社したばかりのとき、なにかのイベントの折に、泉美様がいらしたことがあって。

 まだまだ新人で、いっぱいいっぱいだったから、はいはい、と事務的に応対してしまったんだが。

 あれ以来のような気がする……」
と窪田が呟くと、あー、という顔を数志はした。

「それはあれですよ。
 私の美貌に目もくれないなんてっ、と怒りを買ったんですね。

 ちなみに、この怒り、いい男相手にしか発動しないようなんですが」

 いい男も大変だな、と鈴が苦笑いしていると、数志が窪田に、

「今から、泉美様に、貴方が世界で一番お綺麗です、とか言ってこられてはどうですか?

 それで気が済むかもしれませんよ」
と言っていた。

「そうか。
 行ってこよう」
と素直に窪田は行こうとする。

「このままでは仕事に差し支えるし。

 うっかり泉美様になにかしようものなら、クビになってしまうしな」

 いや……、しなきゃいいんじゃないですかね?
と思って見ていると、泉美たちに窪田が近づき、なにやら、おべんちゃらを言っているのが見えた。

 泉美の機嫌は良くなったが、どうやら、和音の機嫌を損ねたようだ。

「あーあ。
 今度は、和音様に目をつけられたみたいですよ。

 いい男も大変ですねえ」
と自分がけしかけたくせに、数志は他人事ひとごとのように言って、笑っている。

「じゃ、俺は征様を迎えに行ってきますよ。
 もう到着されるはずですから」
と言って数志は居なくなってしまった。

 鈴も一度、近くのヴィラへと引っ込む。

 そこが花嫁の控室になっていたからだ。

 いつぞや二人で泊まったあのヴィラだ。

 ……いや、尊は隣のヴィラに泊まったんだったが。

 尊さんのあの莫迦正直なとこが好きだな、と思ったとき、ざわついていた外が静かになった。

 式が始まるようだ。

 新郎が到着したのだろう。

「鈴」
とノックの音と晴一郎の呼ぶ声が聞こえた。

 はい、と鈴は立ち上がる。

 父と腕を組み、外に出る。

 祭壇の前には新郎が鈴を待っていた。

 二人の新郎が――。

 白いフロックコートの新郎と、黒いフロックコートの新郎が鈴を見ている。

 黒のフロックコートの新郎は、此処まで来て、俺と結婚せねば、斬るっ、という顔をしているし。

 白のフロックコートの新郎は、俺と結婚せねば、縛って吊るすっ、という顔をしている。

 いっそ、牧師さんを選ぼうかと思ってしまった……。

 バージンロードは今まで家族と歩いてきた道。

 あのときは涙ぐんでいるだけだった晴一郎が何故か号泣しながら、鈴を送ってくれる。

 お、お父さん、心配で旅立てないんですが……と思う鈴に、晴一郎は、さあ、行くがいいっ、という顔をして、手を離した。

 鈴はひとり、白いバージンロードを数歩、歩いた。

 二人の新郎の後ろに湖が見える。

 夕陽に照らし出されたその湖に昨夜の夢を思い出していた。

 夢の中で、美しい湖から現れたぽすが言うのだ。

「お前が落としたのは、このホンモノの新郎か?

 ニセモノの新郎か?」

 残念なことに、ぽすの声は、晴一郎の声だったが。

 人形劇の吹き替えのようだ……と思う鈴の前で、何故か腕だけ、筋骨隆々としたぽすが、片手に征、片手に尊を乗せ、

「さあ、どっちだ?」
と訊いてくるという悪夢でうなされたのだが――。

 今、ぽすはおとなしく、母親と座っていて、湖から現れ出そうにはなかった。

 だが、二人の新郎を前に、鈴は言う。

「……ニセモノでもいいです。

 ニセモノでも、ホンモノでも。

 私の落とした新郎は尊さんです」

 落としたってなんだ? という顔を黒のフロックコートの尊はした。

 征はわかっていたように、ふっと笑って言ってくる。

「いいだろう、鈴。
 とりあえず、尊の許に行くがいい。

 だが、いつか、俺はお前を略奪してみせる!」

 いや……、私、略奪されるのが好きなわけじゃないんですけど……。

 そう思いながらも、さっき、数志に聞いたことを思い出していた。

 征がフラれるのなら、とことんまでフラれたいと言っていたと。

 その方が諦めもつくからと。

 こうして、みんなの前で、はっきり自分に尊を選ばせた方が、のちのち、ごちゃごちゃ事情を訊いてくる奴が居なくていいとも言っていたようだった。

「俺はそんな征様が好きなので、これから先も征様について行きます。
 ま、尊様には、鈴様がついてるから大丈夫ですよね」
と数志は笑っていた。

 征が親族の席に下がり、式が始まる。

なんじ、病めるときも健やかなるときも、喜びのときも、これを愛し、敬い、助け合い、共に慈しみ合うことを誓いますか?」

「誓います」

 尊が答え、鈴が答える。

 尊が鈴のベールをめくった。

 視界の端に、征が父が母が、数志が、窪田が、朋花たちが、そして、ぽすが入った。

 扉もないこの式場の入り口を見て、鈴は笑う。

「なんだ?」
と尊が訊いてきた。

「……なんでもないです」
と鈴は言う。

 あの日、式場に飛び込んできた尊の姿を思い出していたのだ。

 これは窪田さんに急いで用意してもらった模擬結婚式だから、ある意味、本当の結婚式じゃないけど、でも、関係ない。

 ニセモノでもなく。

 ホンモノでもなく。

 金の王子でもなく、銀の王子でもない。

 でも、私の好きな人はこの人だ、と微笑み思った鈴は、目を閉じた。

 尊からの誓いのキスを受けるために。

 そのとき、ぽすの声が聞こえた気がした。

「お前は正直者ですね――」

 いや……まあ、お父さんの声なんだけど、と苦笑した鈴の唇に、そっと尊の唇が重なる。

 あの日の朝のような、冷たく涼やかな湖の風が、ニセモノだけど、ニセモノじゃないこの結婚式場を包み込むように吹き抜けた。



                               完




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