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そこになにがあるかわからないけど、行ってみますっ!
屋根裏部屋
しおりを挟む車の準備を待つ間、鈴は尊に連れられ、屋根裏への階段を上がっていた。
「俺の荷物は今、此処にある」
どんなシンデレラですか……。
「まあ、身の回りのものは、此処を出たとき、今のマンションに移したんだが」
と言いながら、尊は屋根裏部屋のドアを開けた。
「わあ、可愛い」
と鈴は声を上げる。
小さなアーチ型の木の窓に小さな木の椅子。
天体望遠鏡も置かれていて、隅の方には、宝箱のようなおもちゃ箱がある。
「てっきり、埃まみれで蜘蛛の巣が張って、ベッドもないようなとこだと思ってました」
「……シンデレラか」
とやはり、尊も言った。
「まあ、俺は、別に此処で寝泊まりしてたわけじゃないけどな」
子どものために誂えたかのようなその部屋に、ダンボールが山積みされているのが少々違和感があるが。
どうやら、それが今の尊の荷物のようだった。
「別に持ってくものないんだけどな」
と尊は呟く。
「あ、この中にアルバムとかないんですか?」
と鈴が言うと、尊は手近な段ボールを開け、ゴソゴソやり始めた。
車の準備に時間がかかるので、少々お待ちくださいと言われたのだが。
もう整備は済ませてある気がしていた。
この家の執事だ。
待ってる間、お茶でもとか言わないのもおかしい。
旅立つ前に、尊に、生家をゆっくり見てもらおうという配慮のような気がしていた。
「おっ、高校の卒業アルバムならあるぞ」
と言って、尊がアルバムを取り出し、めくってくれる。
写真が苦手なのか、ちょっと仏頂面だ。
それもまた、尊らしい、と笑いながら、鈴は言った。
「あんまり変わってないですね。
これ、何年生ですか」
「……今、卒業アルバムだと言わなかったか」
と尊が言ったとき、下から呼ばれた。
「ロールス・ロイスはいいんだが。
俺が運転手だよな」
と尊は、長時間乗っていても疲れないように、と武田執事長が玄関先に用意してくれた車を見て言う。
ロールス・ロイス ファントムだ。
後部座席はクールボックス付きドリンクス・キャビネットなどもあり、豪華だが、運転席は普通。
「これだと俺が鈴の運転手だよな……」
と呟く尊に、鈴は、
「私、助手席に座りますよ」
と笑う。
「後ろに布団とか詰め込んだらいいじゃないですか」
と鈴は言ったが、尊はまだ、
「社宅の駐車場には止められない気が……」
とぶつぶつ呟いていた。
だが、できるだけ、大きく安全な車で、というのが、武田執事長の親より親らしい親心のようだったので、尊はそのまま、ファントムの運転席に乗り込んだ。
みんなに見送られ、出発する。
征も玄関先で見送ってくれたが、なにも言葉は発さなかった。
鈴はそんな征を見て、ぺこりと頭を下げる。
高速に乗る前に、もう尊はあくびをしていた。
「変わりましょうか?」
と言うと、
「いや、いい。
サイドミラーを吹っ飛ばすやつに運転なんぞしてもらわなくていい。
お前こそ、眠くなったら、後ろに行って寝ろ」
と言ってくる。
「いえいえ。
私だけ寝るとかできませんよ。
それに寝たい気分でもありませんし」
と言いながら、フロントガラスから街の灯りの上のよく見えない夜空を見上げていると、尊が言ってくる。
「じゃあ、眠くならないよう、小話でもしろ」
「小話なんてありませんってば」
と言った鈴だったが。
「あ、でも、そういえば、私の友だちがハリネズミ飼ってるんですけど――」
と話し始めると、
「結局、話すんじゃないか」
と言って、尊は笑っていた。
「行っちゃいましたね」
と二人を見送った数志は言い、小さく欠伸をしたあとで、
「それにしても、偉かったですね、征様。
まさか、こんなにあっさり引き下がるとは思いませんでしたよ」
と子どもを褒めるように征に言う。
だが、征は、
「誰があっさり諦めたと言った」
と言ってきた。
「鈴が気持ちを整理したいというから行かせただけだ」
「いやいや、それ、ただの鈴様の言い訳でしょう?」
と言う数志には返事をせずに、征は窪田を呼ぶ。
「窪田」
「はい」
「俺と鈴の式をやり直す。
準備しろ」
と言われ、征の顔を見ていた窪田は、
「……承知しました」
と微笑んだ。
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