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地獄の釜の底 リターンズ
痴話喧嘩なら外で
しおりを挟む「なんで、地下の扉、開けっ放しにしてるのよ。
わんわんわんわん声が反響してうるさいのよっ。
お客様連れてきたのっ。
体裁の悪いことしないで」
いや、あんたの叫び声の方が体裁が悪いが、という顔を尊はしていたが、口に出しては言わなかった。
余計にめんどくさいことになるのがわかっているからだろう。
やはり、付き合いが長いだけのことはある。
この姉妹への対処の仕方がよくわかっているようだった。
和音は、チラと牢の中の鈴たちを見ると、
「痴話喧嘩も殺人も外でやってっ。
それから、死体は敷地内には埋めないでっ。
ともかく、ドア閉めてやりなさいっ、そういうことはっ。
秘すれば花って言うじゃないのっ」
と言う。
いや、それ、なんか違う気が……と思っていると、上から泉美が叫ぶ声が聞こえてきた。
「お姉ちゃんっ!
私の指輪、持ち出したわねっ。
あれは、私がお祖母様にいただいたものよっ」
「だったらなによっ。
あんた、昨日、私のバッグをっ――」
と駆け上がっていった和音は、姉妹で揉めながら、何処かに行ってしまったようだ。
声が遠ざかっていく。
「なんかあのー。
……すごい人ですね」
まだ征の膝に座らされたまま、鈴は呟く。
あの親から、よくこんな、ちょっとぼんやりした尊が生まれたな、と思ったのだ。
親がシャカシャカしすぎていると、子どもは、ぼうっとするって言うから、それでかな。
などと、強烈すぎる和音に毒気を抜かれたまま、階段の方を見ていると、尊の父、正明が下りてきた。
まだ微かに聞こえてくる、妻たちの騒ぎ声を背中に浴びながら、ひとつ溜息をついた正明は、
「ほら、鍵」
と尊に鍵を渡す。
あっ、という顔を征がした。
「とりあえず、一旦、そこから出なさい」
と正明に言われ、征は渋々従う。
征も父親には逆らいがたいようだ。
尊は手のひらの鍵を見ながら、正明に言った。
「この鍵は守衛室にあったのか」
「そうだな」
征が持っているのとは、また別の鍵が守衛室にはあったようだ。
「監視カメラで此処も見えてたんじゃないのか?」
「そうだな」
「止めろよっ」
と尊が言うと、正明は、
「いや、一度、とことんまで、やり合った方がいいかなと思って、こういうことは」
と言ってくる。
「とことんまでって、鈴は死ぬとこだったんだぞっ」
と言ったあとで、尊は、あ、違った、という顔をする。
「征が死ぬとこだったんだぞ?」
と疑問系で言いながら、釈然としない顔になり、
「……別にいいか」
と呟いていた。
いやまあ、本気で別にいいとは思ってはいないだろうが。
「私はお前の母親とちゃんと向き合わずに居て、こんなことになったから。
お前たちは、ちゃんとするべきだと思ったんだ」
と正明が言っている間に、頭上で揉めている二人の声がまた近づいてきた。
和音と泉美は、かなりしょうもない子どもの頃の人形の服の話で揉めている。
ようやく牢を出ながら、鈴は上を見て言った。
「……あれはあれで、もしや仲がいいのでしょうかね?
そういえば、おそろいの服を着てらっしゃいましたし」
尊が溜息をついて言う。
「仲は悪くない。
わりといつも一緒だ。
だから、張り合うし、揉めるし、夫を取り合う」
えーと。
ちょっと理解が難しい部分もあるのですが。
もしや、お義父様は、ただ、二人の争いに巻き込まれただけなのでは……。
「だからーっ、あの指輪は私のだってばっ」
「なによっ、私のよっ」
……話が一周して、戻ってきてしまったようだ。
上を向いて、げんなりしている正明を見ながら、鈴は、
今まで悪人に見えていたお義父様が、ただの可哀想な人に思えてきたな、と思っていた。
「いつか、そろって出て行きそうで怖い……」
上を見たまま、正明は、そう呟いていた。
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