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地獄の釜の底 リターンズ
お前は俺の花嫁だろう
しおりを挟む尊が守衛室で数志と揉めている頃、鍵を開けた征が鈴の居る牢の中に入ってきていた。
鈴はジリジリと後退しながら、周囲を見回すが、盾になるようなものはなにもない。
どうしたら?
……どうしたらっ?
なすすべもなく、ただ必死に目を皿のようにして、牢の中を探る鈴の前で、征が言った。
「お前は俺の花嫁だろう。
逃げる必要が何処にある?」
征の言うことは正しい。
だが、気持ちのうえでは、なにも納得できない。
「お前のような家の女は、政略結婚が多いが。
それでも、みな、そのうち、仲むつまじくなったりしてるだろうが。
お前にだけ出来ないということはない。
頑張ってみろ、鈴っ!」
何故だろう。
励まされている……。
「第一、尊は、お前を無理やり連れ去った犯罪者なんだぞ。
尊の方が好きとかありえないだろうっ」
ほんと、世の中、なにが起こるかわからないものですよね~と思っているうちに、鈴は、ひんやりとしたコンクリートの壁まで追い詰められていた。
征が鈴の顔のすぐ側に右手をつく。
ひゃっと鈴は身を縮めた。
大きな征の身体に明かりが遮られ、余計に逃げられない感じがしてくる。
そのとき、征が、
「……鈴。
ちょうどいいものが此処にある」
と言いながら、何処からともなく、荒縄を取り出してきた。
ふと気づけば、征の目は天井を見ている。
なにもない牢の中だが、天井には、縄をひっかけるのによさそうな蛍光灯があった。
鈴は、蛍光灯を見て、縄を見て、征を見た。
征は、縄を見て、蛍光灯を見て、鈴を見た。
い、いやいやいや……。
勘弁してください。
「……本当に偶然だな。
こんなお前を縛るのに、ちょうど良さそうな縄が、たまたま落ちているとか」
いやいやいやっ!
貴方、今、自ら持ってきましたよねっ?
そういえば、さっきから左手を見せなかったな、と今、気づく。
ヤバイ人ですよ。
この人、本気でヤバイ人ですよっ!
でも、これで、堂々と尊さんを呼んでもいいはずだっ、と鈴は思った。
さっきまで、征さんの方が夫なのに、助けを求めるのは悪いかなと、ちょっとは思ったりもしていたのだが――。
だが、これで申し訳ない気持ちも吹き飛んだ、とばかりに鈴は遠慮なく声を張り上げた。
「みっ、尊さんーっ!
助けてくださいーっ」
その後、抵抗はしてみたものの、鈴は、まんまと手首を縛られ、吊るされていた。
いや、足は一応、ついてはいるのだが。
「痛いです」
と荒縄が手首に食い込むので、文句を言うと、
「可哀想にな、鈴」
と征は言ってくる。
いや、貴方が縛ったんですが……と思っていると、
「お前が抵抗するからだ。
おとなしく俺のものになれば、こんな目にあわずに済んだのに」
と言い出す。
「可哀想にな」
とまた言いながら、征が一歩、近づいてきた。
「大丈夫か? 鈴。
尊に触られたりしてないか?」
と言いながら、征は鈴の肌に触れてくる。
胸の少し上の辺り。
……常々思っていたのだが、ドレスというやつは、どうして、こんなに露出が多いのだ。
「ウエディングドレスもよく似合っていたが、このドレスもよく似合うな」
と間近に見下ろし、征が言ってくる。
貴方のお母様の若い頃のドレスだそうですよ。
そうだ……。
そういえば、と思い出している鈴には構わず、征はそのドレスを脱がそうとする。
「変に遠慮していたからいけなかったんだな。
結婚式の前に俺のものにしておけばよかったんだ。
俺の花嫁なのに――」
いやいやっ!
……いやいやいやっ!
なにもよくはありませんよっ、と思う鈴を脱がそうとし、此処で征も困っていた。
「鈴っ。
外れないぞっ、このコルセットッ!」
そっくりだな、この兄弟。
基本、不器用なんだな……。
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