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地獄の釜の底 リターンズ
つめが甘い
しおりを挟む鈴たちを降ろした尊は律儀に自分で車をとめに行ってしまった。
まあ、もしかしたら、少し二人で話をさせてやろうと思ったのかもしれないが。
広い玄関ホールで、征は鈴を見つめ、言ってくる。
「鈴、戻ってきたということは、俺の花嫁になる決心がついたということじゃないのか」
鈴は気持ちを整理するように、一度、目を閉じ、言った。
「私――
貴方は私のことなんて、好きでもなんでもないのだと思ってました。
衣装合わせにも、なんの打ち合わせにも来ないで人任せにするほど、私に興味がないのだと」
だから、貴方と結婚するのが不安だった、と鈴は告げる。
だが、征は、
「すまない」
と謝ってきた。
「見合いのとき、夢にまで見たお前が目の前に居ることに、緊張して途中で逃げ出した」
ああ、そういえば、見合いのときも、急な仕事が入ったと、早めに切り上げられたんだっけな、と鈴は思い出す。
「そんな無様な姿をさらしたりしないよう、式までお前には会わないようにしてた。
どうせ、結婚するんだから、それでいいと――」
確かに。
あのとき、尊に連れ出されなければ、あのまま結婚し、結婚生活もなんとなく続いていたんだろうと思う。
征さん、なんだかんだでやさしい感じがするしな。
ちょっと、わけわかんないとこあるけど……。
まあ、そこは尊さんと同じだし。
でも――
と鈴は思い出す。
ステンドグラスから差し込む光にきらめく教会。
夢のようなドレス。
そして、びっくりするようなイケメンの旦那様――。
なのに、あのときの私は、晴れない気持ちで、祭壇の前に立っていた。
怒涛のうちに決まってしまった結婚も、自分の未来も。
子どもの頃思い描いてたものとは、まったく違うものになりそうな予感がしていたから。
でも、人生って、そういうものなんだろうと諦めていた。
だけど、そのとき、尊さんがやってきて、私に向かい、手を差し出した。
あのとき――
なんでだろうな。
初めて会ったのに。
ようやく迎えに来てくれた、と思ったような気がする。
たぶん。
ずっと思い描いていた、ちゃんと好き合って結婚して、お互いを思い合って生きていける相手が、ようやく迎えに来てくれた気がしたんだ。
ほぼ同じ顔なのに。
どうして、尊さんだと、そんな風に思ってしまうのかはわからないのだが――。
「私、あのとき、自分から尊さんの手を取ってしまったのかもしれません」
鈴はそんな告白をする。
「もしかしたら、私は――」
そう言いかけた言葉をふさぐように、征が笑顔で言ってきた。
「鈴、ちょうどいい座敷牢が地下にある」
ちょうどいい座敷牢ってなんだ……?
「少し、そこに入ってろ。
ちょっと頭も冷えるだろう」
身も心も冷えそうなんですが……と思う鈴の手を取り、征は言ってくる。
「やり直そう、鈴。
今度は、俺もちゃんと自分の気持ちをお前に伝えるから――」
いや、座敷牢でですか?
と思いながら、固まる鈴に向かい、征は語り出す。
「お前とエレベーターで出会ってから」
いや、見かけただけですよね、と心の中で訂正しながら、尊とは違う、ひんやりとした征の白い手を見る。
「ずっとこの日を夢見ていたんだ――。
お前が俺のものになるこの日を。
……やっと手に入ると思ったのにっ」
と式当日の怒りを再燃させて、征は言い出す。
「お前を見てすらいなかった男に、お前は渡さんっ」
いや、どっちもどっちですよっ、と鈴は後退するが、手はガッチリ握られたままだ。
みっ、尊さんっ。
助けてーっ、と玄関扉の方を振り返る。
征は自分たちを二人きりにさせてくれた尊を嘲笑うようにそちらを見て言った。
「つめが甘いんだよ、尊は。
そして、人が良すぎる」
だから、跡継ぎからはずされるんだ、と征は言った。
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