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地獄の釜のフタを開けてみました

思い出しました

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 お休みの理由として、結納の話をしたら、噂好きの先生にあとで突っ込んで訊かれるに違いない。

 気乗りのしない結納なので、特に語りたくはない。

 そう思った鈴は、申し訳ないが、仮病を使うことにした。

「すみません。
 風邪で休みます」
と慌てて音声入力で入れて送る。

 あまり征を待たせては悪いと思ったからだ。

 だが、既に送ったスマホの画面を見ると、
『すみません。
 壁で休みます』
になっていた。

 ひーっ。
 いろいろとうるさい先生になんてことをっ、と思った鈴は、急いでスマホに向かい、言った。

「すみません。
 今、壁で休みますっ、と入れてしまいましたが、風邪で休みますっ」

 送信っ! と焦って押し、画面を見る。

『すみません。
 今、壁で休みます、と入れてしまいましたが、カビで休みます』

 ノオーッ! と鈴は怪しい外国の人のように叫び出しそうになったが、結納の場なのでこらえた。

 征を振り返り、言う。

「す、すみません、征さん。
 ちょっとお待ちください。

 今、風邪で休みます、と入れたつもりが、カビで休みます、になっていたので、ちょっと先生に訂正のメッセージを送りますね」

 だが、こちらに背を向けていた征は振り返らなかった。

 庭を眺めていて、気づいていないのかな、と思い、そのまま更に訂正のメッセージを送っていたのだが。

「……全部聞いてたんですね」

 思い出したくない記憶だったな、と思いながら、鈴がそう言うと、征は、

「もう音声入力は諦めろ、と思っていたんだが。
 口を開いたら、笑いそうだったんで、黙っていた」
と言う。

「ともかく、尊。
 鈴と俺を二人きりにさせろ。

 一度、二人で、ゆっくり話し合っておきたい」
と征は言ったが、

「嫌だ」
と尊は即答する。

「……お前、心が狭いな」

「いや、お前ほどじゃないぞ」
と二人は言い合っている。

 なんだろうな……。
 この二人の兄弟喧嘩に巻き込まれただけのような気がしてきたぞ。

 いや、そういえば、そもそも、そうだったんだか、と思ったとき、
「お、尊くん。
 そこを右だ」
と空気を読まずに、晴一郎が右を指差し、言った。

 自宅の玄関前で尊が車をとめると、
「ありがとう。
 じゃあ、気をつけて帰ってくれ」
と晴一郎は、尊に送ってくれた礼だと、札を何枚か渡そうとする。

「いえ、お父さん」
と尊が断ろうとすると、

「いやいやいや。
 鈴がお世話になったんだし。

 これくらいじゃ足らないだろうが。
 まあ、それで、みんなで呑みにでも行きなさい」
と部下に送ってもらった酔っ払いの上司みたいなことを言い出した。

 鈴が暗い家を見上げ、
「あれ?
 やっぱり、お母さん、帰ってないの?」
と言うと、鈴、と晴一郎は悲しそうな顔をした。

「お母さんは、お前が式場から居なくなったショックで、ずっと出歩いている。

 お前が式をすっぽかしたから。
 招待客にお詫びを言って歩くために、わざわざ、手土産を買いに京都まで行ったり」

 ……お母さん。

「お前が居なくなった悲しみを癒すために、お友だちとランチを食べに行ったり。

 お前が居なくなった悲しみを癒すために、海原で風に吹かれてくるとか言って、クルーザーを買いに行ったり。

 そのクルーザーを操縦してくれる若いイケメンの操縦士を雇ったりっ」

 いや……、最早、その辺、私、関係なくないですか? と思う鈴に、晴一郎は懇願してくる。

「ともかく、鈴。
 早く落ち着いてくれっ」

 ……そうですね。
 そうします、と鈴が思ったとき、車から降りた晴一郎は、車内を振り返り、

「帰るぞ、ぽす」
と言った。

 ぽすは、鈴の膝の上から晴一郎の肩に飛び移る。

「ぽすっ」
とぽすの温かさが膝から消えて、心細くなった鈴が呼びかけると、晴一郎は振り返り、

「鈴。
 お前の新居が何処か決まったら、ぽすを迎えに来なさい。

 ぽすは、お前の弟みたいなもんだからな」

 そう微笑んで、言ってきた。

「お父さん……」
となんとなく泣きそうになる鈴の側で、尊と征が呟いている。

「……ぽす、弟なのか?」

「それ以前に、新居に弟連れてくの、おかしいだろう」

 なんで、この人たち、こういうときだけ息が合ってんだろうな……と思う鈴に、晴一郎が言ってきた。

「なんせ、ぽすは、『すず』の弟だから、『ぽす』なんだからな」

 ええっ!? と鈴は叫ぶ。

「ぽすって感じだから、ぽすじゃなかったのっ?」

「いや、ぽすって感じだから、ぽすとかって、意味がわからんだろうが」
と娘を笑って、晴一郎は言うが。

 運転席の尊は、
「いや、すずの弟だから、ぽす、ってのもよくわからないんですが……」
と呟いていた。



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