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地獄の釜のフタを開けてみました
今ですか?
しおりを挟む支倉家へ向かう車の中、後ろで、鈴と征が話しているのを聞きながら、尊は思っていた。
よく考えたら、この配置だと、俺が征夫婦の運転手みたいなんだが……。
まあ、それでいくなら、助手席にちょこんと座る鈴の父親は、征の秘書なのか、という話になってしまうが。
後部座席では、征が鈴に訊いていた。
「今まで尊となにをしていた?」
「え?
ああ、そうですね。
ラーメンを食べたり」
真っ先にその話か。
お前の中では、それがこの旅、一番の出来事だったのか……?
と尊が思っていると、案の定、鈴は、
「浜辺で美味しいお弁当を食べたり」
と続ける。
「ああ、あと、抹茶の粉のたっぷりかかったかき氷を食べたり」
だから、お前の美味いものランキングか、と尊が思ったとき、さすがに食べ物に偏りすぎている、と気づいたらしい鈴が、
「――船で飛んだりしました」
とまとめた。
何故、船で飛ぶ、という顔を征はしていたようだが。
それ以上突っ込んで訊くのもめんどくさかったらしく、
「……そうか」
とだけ言っていた。
「あ、それとですね。
最初の夜――」
と鈴が言い出し、なにやら空気が緊迫する。
だが、鈴は、
「尊さんと一緒に映画見たんですけど。
昔の映画だったので、放送禁止用語ばっかりでした」
としょうもない報告を始めた。
「それから、このまま、車でずっと走ってたら、お金がつきないかなーって話になって。
なんの仕事なら、移動しながらできるかなって話になって。
私は詩人ですかねー? って言ったんですけど。
尊さんは、金平糖職人とか言い出して――」
「待て」
と征が止める。
「何故、俺はお前たちの楽しい旅の報告を受けている……」
おそらく、征は、自分との関係を鈴に詰問するつもりで、なにをしていた? と言ったのだろう。
そこで言い淀むだろう鈴に、ぴしゃりとなにか言ってやるつもりだったのに違いない。
ふう、と征は溜息をもらしていた。
ほら、鈴と居ると、話がよくわからない方向に飛んでったりして疲れるだろう、征、と尊は思う。
いきなり小話が始まったりするんだぞ。
俺はそれで気にならないが、真面目なお前は疲れるだろう。
鈴との結婚はとりやめると言え、征。
お前が一言、そう言ってくれれば、すべて丸く収まるんだっ! と思った尊だったが、ふと気づく。
そういえば、なにがどう収まるんだろうな、と――。
自分が鈴にプロポーズしているわけでもないし。
鈴が自分を好きなのかもよくわからないし。
よく考えたら、何処にも収まりようがなかったのだが。
……そうだよ、と尊は気がついた。
そもそも、鈴は俺のこと好きなのか?
いや、そもそものそもそもだが、なんとなく連れて逃げて、離れたくないと思っている俺は、鈴のことが好きなのか?
いつの間にっ? と自分で思う。
数志と窪田が聞いていたら、
「いや……、今ですか?」
と突っ込んできそうだなと思いはしたのだが……。
だが、そうだ。
鈴は別に俺のことなんて、好きじゃないんじゃないのか?
昨日だって、最後の夜だというのに、爆睡してたしっ。
征が沈黙している間、いろいろと考えていた尊は不安になり、鈴に向かい、ぼそりと言った。
「鈴。
お前は俺と居る方が都合がいいから、一緒に居るだけなのか?」
「……は?」
と少しの間を置き、鈴が後ろから訊き返してきた。
「よく知らない征と結婚させらることになったのが嫌で。
ただ、その状況から逃げ出したくて、俺と居ただけなんじゃないのか?
いや――
そうだったよな。
お前と居るのが楽しくて、なんとなく忘れてたけど、そうだったんだよな。
お前は、連れて逃げてくれる俺と居る方が都合がいいから、一緒に居ただけだったんだよな」
すると、鈴がそこで、怒り出す。
「なに言ってるんですかっ。
なにひとつ、都合なんて、よくないですよっ!
着の身着のままで連れ出されたせいで、お金持ってなかったから、なにもかも全部出してもらって申し訳ないしっ。
それなのに、尊さんもやっぱり贅沢な暮らしが身についているのか、高い宿に泊まりたがるしっ」
いや、そりゃ、お前を連れてるからだ……。
「途中で、ぽすの具合が悪いとか、お父さんが嘘言うからっ」
ええっ?
いきなり、わしの話かっ、と晴一郎が落ち着かなげに、二度、娘を振り返っていた。
「尊さん、せっかく九州まで行ったのに、わざわざ、こっちまで戻ってきてくれるしっ。
もう、ほんとに、ありがとうございますっ!」
「……うん。
そうか……」
……今のはなんだ?
感謝の気持ちを述べたかったのか?
よくわからないところに着地したぞ、話が。
まあ、どうやら、鈴は、俺に全部金を出してもらってたことが気詰まりだったらしいな、と気づく。
いや、誘拐されてたんだから、飲み食いのことは、誘拐犯に保障してもらって当然だろうと思うのだが。
……で、まあ、それはさておき。
――結局、お前は俺のことが好きなのか?
嫌いなのか?
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