上 下
58 / 77
地獄の釜のフタを開けてみました

今ですか?

しおりを挟む
 
 支倉家へ向かう車の中、後ろで、鈴と征が話しているのを聞きながら、尊は思っていた。

 よく考えたら、この配置だと、俺が征夫婦の運転手みたいなんだが……。

 まあ、それでいくなら、助手席にちょこんと座る鈴の父親は、征の秘書なのか、という話になってしまうが。

 後部座席では、征が鈴に訊いていた。

「今まで尊となにをしていた?」

「え?

 ああ、そうですね。
 ラーメンを食べたり」

 真っ先にその話か。

 お前の中では、それがこの旅、一番の出来事だったのか……?
と尊が思っていると、案の定、鈴は、

「浜辺で美味しいお弁当を食べたり」
と続ける。

「ああ、あと、抹茶の粉のたっぷりかかったかき氷を食べたり」

 だから、お前の美味いものランキングか、と尊が思ったとき、さすがに食べ物にかたよりすぎている、と気づいたらしい鈴が、

「――船で飛んだりしました」
とまとめた。

 何故、船で飛ぶ、という顔を征はしていたようだが。

 それ以上突っ込んで訊くのもめんどくさかったらしく、
「……そうか」
とだけ言っていた。

「あ、それとですね。
 最初の夜――」
と鈴が言い出し、なにやら空気が緊迫する。

 だが、鈴は、
「尊さんと一緒に映画見たんですけど。
 昔の映画だったので、放送禁止用語ばっかりでした」
としょうもない報告を始めた。

「それから、このまま、車でずっと走ってたら、お金がつきないかなーって話になって。

 なんの仕事なら、移動しながらできるかなって話になって。

 私は詩人ですかねー? って言ったんですけど。

 尊さんは、金平糖職人とか言い出して――」

「待て」
と征が止める。

「何故、俺はお前たちの楽しい旅の報告を受けている……」

 おそらく、征は、自分との関係を鈴に詰問するつもりで、なにをしていた? と言ったのだろう。

 そこで言い淀むだろう鈴に、ぴしゃりとなにか言ってやるつもりだったのに違いない。

 ふう、と征は溜息をもらしていた。

 ほら、鈴と居ると、話がよくわからない方向に飛んでったりして疲れるだろう、征、と尊は思う。

 いきなり小話が始まったりするんだぞ。

 俺はそれで気にならないが、真面目なお前は疲れるだろう。

 鈴との結婚はとりやめると言え、征。

 お前が一言、そう言ってくれれば、すべて丸く収まるんだっ! と思った尊だったが、ふと気づく。

 そういえば、なにがどう収まるんだろうな、と――。

 自分が鈴にプロポーズしているわけでもないし。

 鈴が自分を好きなのかもよくわからないし。

 よく考えたら、何処にも収まりようがなかったのだが。

 ……そうだよ、と尊は気がついた。

 そもそも、鈴は俺のこと好きなのか?

 いや、そもそものそもそもだが、なんとなく連れて逃げて、離れたくないと思っている俺は、鈴のことが好きなのか?

 いつの間にっ? と自分で思う。

 数志と窪田が聞いていたら、
「いや……、今ですか?」
と突っ込んできそうだなと思いはしたのだが……。

 だが、そうだ。

 鈴は別に俺のことなんて、好きじゃないんじゃないのか?

 昨日だって、最後の夜だというのに、爆睡してたしっ。

 征が沈黙している間、いろいろと考えていた尊は不安になり、鈴に向かい、ぼそりと言った。

「鈴。
 お前は俺と居る方が都合がいいから、一緒に居るだけなのか?」

「……は?」
と少しの間を置き、鈴が後ろから訊き返してきた。

「よく知らない征と結婚させらることになったのが嫌で。
 ただ、その状況から逃げ出したくて、俺と居ただけなんじゃないのか?

 いや――
 そうだったよな。

 お前と居るのが楽しくて、なんとなく忘れてたけど、そうだったんだよな。

 お前は、連れて逃げてくれる俺と居る方が都合がいいから、一緒に居ただけだったんだよな」

 すると、鈴がそこで、怒り出す。

「なに言ってるんですかっ。
 なにひとつ、都合なんて、よくないですよっ!

 着の身着のままで連れ出されたせいで、お金持ってなかったから、なにもかも全部出してもらって申し訳ないしっ。

 それなのに、尊さんもやっぱり贅沢な暮らしが身についているのか、高い宿に泊まりたがるしっ」

 いや、そりゃ、お前を連れてるからだ……。

「途中で、ぽすの具合が悪いとか、お父さんが嘘言うからっ」

 ええっ?
 いきなり、わしの話かっ、と晴一郎が落ち着かなげに、二度、娘を振り返っていた。

「尊さん、せっかく九州まで行ったのに、わざわざ、こっちまで戻ってきてくれるしっ。

 もう、ほんとに、ありがとうございますっ!」

「……うん。
 そうか……」

 ……今のはなんだ?

 感謝の気持ちを述べたかったのか?

 よくわからないところに着地したぞ、話が。

 まあ、どうやら、鈴は、俺に全部金を出してもらってたことが気詰まりだったらしいな、と気づく。

 いや、誘拐されてたんだから、飲み食いのことは、誘拐犯に保障してもらって当然だろうと思うのだが。



 ……で、まあ、それはさておき。



 ――結局、お前は俺のことが好きなのか?

 嫌いなのか?






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...