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地獄の釜のフタを開けてみました
お送りしましょうか
しおりを挟む遅くなったな、と思いながら、征はビルの下で腕時計を見た。
そろそろ迎えのものが来るからと言って、なんとか抜け出してきたのだ。
こんなに長居をする予定ではなかったのに。
今までのように、するっと抜けられない。
清白の跡継ぎとなったからだ。
……今までは、めんどくさいことは全部、尊が引き受けてくれてたからな、と征は思う。
自分なりに大変だと思っていたが、尊を追いやり、後釜に座ってからわかった。
金も地位も手に入れると、それなりの雑事がついてくると言うことが。
今まで自分が居た立場でも大変ではあったのだが、No. 1とNo.2では、此処までの隔たりがあったのか、と今、実感しているところだった。
あいつ、ぼうっと、こなしてたからな、と尊を思ったとき、ようやく、家の車が来て、ほっとする。
すぐに車が来なかったので、見送りに出た秋津の若い従業員が落ち着かなげに気を使ってくれていたからだ。
「もういいよ、君」
と振り返り言うと、
「本日はお忙しいのにありがとうございました」
と頭を下げてくる。
返事をしながら、車の方を見ると、運転している数志は珍しく、屋敷の運転手が被っている帽子を被っていた。
こういう場に迎えに来るからだろうか。
運転手は、泉美や父親に振り回されているようだし。
自分は数志に迎えに来てもらう方が気兼ねがないので、運転手ではなく、数志に来てもらうことにしていたのだが。
珍しいこともあるものだ、と思って、ぼんやり見ていると、後ろから、声をかけられた。
「帰るのかね、征くん」
晴一郎だった。
振り返っている間に、数志が降りてきて、ドアを開けてくれたようだ。
後ろから、靴音とドアを開ける音が聞こえてきていた。
珍しく気がきくな、と思いながら、
「お義父さん、お車まだなら、お送りしましょうか」
と言うと、
「いやいや。
近くの店で一杯呑んで帰ろうかと思ってね。
こういうところでは、気ばかり使って、落ち着いて呑めないから」
と言いながら、まだビルの入り口に居た秋津の人間に軽く会釈していた。
「でも、一緒に帰るとしようかな。
その方がいいんだろう?
――尊くん」
と晴一郎が言う。
えっ? と振り返った。
目深にドライバーの制帽をかぶっていた男が帽子のつばを少し上に上げる。
尊だった。
「ただいま帰りました」
と晴一郎に向かって言う。
開かれたドアの中――。
後部座席には、何故か、ラベンダー色のふわふわとしたドレスを着た鈴が居た。
こちらを見て、ぺこりと頭を下げてくる。
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