というわけで、結婚してください!

菱沼あゆ

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金の王子か、銀の王子か

帰りますって言わないといけないのに

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 サービスエリアで車を降りると、尊がずっと座りっぱなしなので、少し歩きたいと言い出した。

 売店やレストランの横にある公園をぐるりと回っている小道があったので、二人で歩くことにする。

 眼下に広がる海を見ながら、尊が言ってきた。

「行き損ねた九州に向かうとして。
 何処か途中で寄りたいところとかあるか?」

「寄りたいところですか……」

 うーん、と鈴が考えていると、
「例えば、なにか見たいものがあるとか」
と尊が言ってくる。

「ああ、パンダが見たいです」

「……パンダ?」

「あっ、そういえば、パンダ、伊勢の近くに居ましたよね?
 伊勢とか寄ってみたいですっ」

「……逆方向だ」

 伊勢はこっち、九州はあっち、と両手で、同時に反対方向を指さされる。

 はは、そうでしたか、と鈴は苦笑いした。

「お前、今、何処に居るかわかってるか?」
と問われ、鈴は、

 日本、と思ってしまう。

 そのくらいざっくりとしか地理を認識していなかった。

「伊勢といえば、伊勢には七度行けって言うんでしたっけ?」

「そのくらい信心深くあれってことだろ?」
と尊が言うのを聞きながら、鈴は思っていた。

 七度か。

 今回、伊勢に行けたとしても、この人と七回も一緒に行くことはできなさそうだな、と。

 ……帰るべきなのかな? 征さんのところに。

 もはや、何故、逃げているのか、意味もわからなくなってきているし。

 私がおとなしく帰れば、この人も、なにごともなかったかのように博多に赴任できるはず。

 そんなことを考えながら公園を一周したとき、尊が言ってきた。

「よし、行くぞ、鈴」

「あっ、はいっ」

 ……反射的に返事してしまった。

 もう帰りますって言わないといけないのに。

 よし。
 次、休憩したときには、言おう、と鈴は心に決める。

 だが、駐車場に戻り、車のドアを開けながら、でもまた言ってしまいそうだ、と思っていた。

 この人に、
『行くぞ、鈴』
 って言われたら、はいって――。

「鈴」
とエンジンをかけながら、尊が呼びかけてくる。

「征のことだ。
 どんな妨害をしてくるかわからないが。

 頑張って、力を合わせて、九州にたどり着こう!」

 そう言われ、此処でもやはり、

「はいっ」
と言ってしまう。

 しかし、なんだかわからないが、もはや、九州にたどり着くこと自体が目的になっているな、と鈴は改めて思った。

 そこにたどり着いたところで、きっと、なにがあるわけでもないのに――。

 天竺も経典も、何処にもないのに、旅を続けている三蔵法師一行みたいだな、と鈴は思った。




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