上 下
38 / 77
金の王子か、銀の王子か

愛のない結婚をしようとしている人と物のように私を連れ去ろうとしている人、どっちがマシか

しおりを挟む
 

 愛のない結婚をしようとしている人と、

 物のように私を連れ去ろうとしている人と、

 どっちがマシかと問われても、よくわからないが。

 今更、愛のない結婚ではなかったとか言われても、

 やっぱり、よくわからない――。

 

 ぱっと見、涼しげな木々に囲まれているのに、なんだか、やたらと顔が熱くなる森に、鈴は居た。

 目の前に湖があるせいか、お腹と足許ばかりがやけに冷える。

 すると、周りの木々を映すその湖から、切り絵の絵本に出てくるような、ちょっとのっぺりとした顔の女神様が現れた。

 広げたその手にはなにも持っていないのに、
「お前の落としたのは、この金の王子か?
 それとも、銀の王子か?」
と鈴に訊いてくる。

 いやいや、王子、何処ですか?
と思いながらも、正直に鈴は答えた。

「すみません。
 そもそも、王子、落としてません」
 


「鈴、……鈴」

 いきなりした尊の声に、鈴は目を覚ました。

「うなされてたが、大丈夫か?」
と尊が心配して言ってくる。

 おかしいな。
 今、緑滴る森の中に居たはずなのに。

 何故か、周りを無骨な防音壁で囲まれている、と思ったら、高速道路を走る車の中だった。

 どうやら、助手席の窓に頭をぶつけて寝ていたようだ。

「す、すみません。
 なんだか熱くて……ああ、お腹は冷えるんですけど」
と寝ぼけたまま、もごもごと言う。

 尊に運転させて、自分は寝てしまっていたようだ。

 顔は窓から差し込む夏の光で熱くなり、お腹と足許はクーラーで冷えている。

 座り直しながら、鈴は言った。

「おかしな夢を見ていました。
 窪田さんのホテルの湖みたいなところから、女神様が出て来て。

 金の王子と銀の王子、お前が落としたのはどっちだ? って言うんですよ」

「……で、お前はどっちを選んだんだ?」
と尊は前を見たまま、訊いてくる。

「いえ、だって、選ぶもなにも。
 私、王子、落としてませんから」

「夢の中では冷静だな」

 夢の中ではって、なんだろうな、と思ったが。

 式場から自分を略奪した尊について此処まで来ている時点で、あまり、冷静ではなかったかもな、と思う。

 しかも、さっき、本物の新郎、征に会ったのに。

 結局、自分は、また、尊と居る。

 一度、実家にも帰ったのに、出てきているし。

 もはや、なんの言い訳もできないな、と鈴は思っていた。

 私はもう、『式場から略奪された花嫁』ではなく、自分の足で『政略結婚から逃げてきた花嫁』だ。

 ずん、と罪が重くなった気がしたが、何故だか、戻る気にはなれなかった。

 ずっとこうして、逃亡の旅を続けられはしないこと、わかっているのに――。

「あの、寝ちゃってすみませんでした。
 運転かわりましょうか?」

 尊さんにだけ運転させてて悪かったな、と思い、言ってみたのだが。

「いや、遠慮しておこう」
とやはり、前を見たまま、尊は言ってくる。

「あっ、私、運転、下手じゃないですよ?
 たまに、サイドミラーが駐車場の壁に当たって、吹っ飛んでいくだけで」

「いや、それ、充分下手だよな……」

「そんなことないです。
 うちの駐車場、前に何故か昔からある巨木があって、入れにくいんですよ。

 それに、サイドミラーって、簡単に吹き飛びますよ?」

 知らないんですか? という口調で鈴が言うと、
「……普通の人間は、あまりそれを知る機会がないからな」
と尊は言ってくる。

「大丈夫だ。
 この先も俺ひとりで運転するから気にするな。

 ちょっとサービスエリアに入るぞ」

 尊はそう言いながら、見えてきた表示に従い、ウインカーを出した。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...