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金の王子か、銀の王子か
愛のない結婚をしようとしている人と物のように私を連れ去ろうとしている人、どっちがマシか
しおりを挟む愛のない結婚をしようとしている人と、
物のように私を連れ去ろうとしている人と、
どっちがマシかと問われても、よくわからないが。
今更、愛のない結婚ではなかったとか言われても、
やっぱり、よくわからない――。
ぱっと見、涼しげな木々に囲まれているのに、なんだか、やたらと顔が熱くなる森に、鈴は居た。
目の前に湖があるせいか、お腹と足許ばかりがやけに冷える。
すると、周りの木々を映すその湖から、切り絵の絵本に出てくるような、ちょっとのっぺりとした顔の女神様が現れた。
広げたその手にはなにも持っていないのに、
「お前の落としたのは、この金の王子か?
それとも、銀の王子か?」
と鈴に訊いてくる。
いやいや、王子、何処ですか?
と思いながらも、正直に鈴は答えた。
「すみません。
そもそも、王子、落としてません」
「鈴、……鈴」
いきなりした尊の声に、鈴は目を覚ました。
「うなされてたが、大丈夫か?」
と尊が心配して言ってくる。
おかしいな。
今、緑滴る森の中に居たはずなのに。
何故か、周りを無骨な防音壁で囲まれている、と思ったら、高速道路を走る車の中だった。
どうやら、助手席の窓に頭をぶつけて寝ていたようだ。
「す、すみません。
なんだか熱くて……ああ、お腹は冷えるんですけど」
と寝ぼけたまま、もごもごと言う。
尊に運転させて、自分は寝てしまっていたようだ。
顔は窓から差し込む夏の光で熱くなり、お腹と足許はクーラーで冷えている。
座り直しながら、鈴は言った。
「おかしな夢を見ていました。
窪田さんのホテルの湖みたいなところから、女神様が出て来て。
金の王子と銀の王子、お前が落としたのはどっちだ? って言うんですよ」
「……で、お前はどっちを選んだんだ?」
と尊は前を見たまま、訊いてくる。
「いえ、だって、選ぶもなにも。
私、王子、落としてませんから」
「夢の中では冷静だな」
夢の中ではって、なんだろうな、と思ったが。
式場から自分を略奪した尊について此処まで来ている時点で、あまり、冷静ではなかったかもな、と思う。
しかも、さっき、本物の新郎、征に会ったのに。
結局、自分は、また、尊と居る。
一度、実家にも帰ったのに、出てきているし。
もはや、なんの言い訳もできないな、と鈴は思っていた。
私はもう、『式場から略奪された花嫁』ではなく、自分の足で『政略結婚から逃げてきた花嫁』だ。
ずん、と罪が重くなった気がしたが、何故だか、戻る気にはなれなかった。
ずっとこうして、逃亡の旅を続けられはしないこと、わかっているのに――。
「あの、寝ちゃってすみませんでした。
運転かわりましょうか?」
尊さんにだけ運転させてて悪かったな、と思い、言ってみたのだが。
「いや、遠慮しておこう」
とやはり、前を見たまま、尊は言ってくる。
「あっ、私、運転、下手じゃないですよ?
たまに、サイドミラーが駐車場の壁に当たって、吹っ飛んでいくだけで」
「いや、それ、充分下手だよな……」
「そんなことないです。
うちの駐車場、前に何故か昔からある巨木があって、入れにくいんですよ。
それに、サイドミラーって、簡単に吹き飛びますよ?」
知らないんですか? という口調で鈴が言うと、
「……普通の人間は、あまりそれを知る機会がないからな」
と尊は言ってくる。
「大丈夫だ。
この先も俺ひとりで運転するから気にするな。
ちょっとサービスエリアに入るぞ」
尊はそう言いながら、見えてきた表示に従い、ウインカーを出した。
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