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大人なので、果てしない逃亡の旅には出られません

三分ですよ

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 翌朝、鈴はビジネスホテルの朝食に浮かれていた。

「すごいですっ。
 あのお値段で、こんなバイキングがっ」

 フロント前のスペースを使った小さなバイキングだが、鈴は驚き喜んでいた。

 尊には、
「お前は、テレビショッピングの人か?
 ホテルの回し者か?」
と言われてしまったが。

 観光に来たという老夫婦と相席になり、一緒に楽しくお食事をしたあとで、荷物をまとめ、ホテルを出た。

 よし、今日こそ、九州へ!
と思ったのだが、ホテルの前には、征と数志が居た。

「数志、裏切ったなっ」
と尊は叫んだが、数志は淡々と言ってくる。

「裏切ってません。
 どっちかと言うと、征様を裏切ってるかも」

 そう言った数志を、なにっ? と征が見る。

「すみません、征様。
 実は黙ってましたが。

 先程連絡がありまして。
 会合の予定が早まって、新幹線が一本早くなったんです。

 二十分以内に駅に行かないと」

 だから、連れて来ました、と数志は言う。

「数志、貴様~っ」
と征は数志の胸ぐらをつかんだが、

「いやもう勘弁してくださいよ」
と数志は眉をひそめて言ってくる。

「お二人から責め立てられて、俺、大変なんですから。
 もう、双方の顔を立てるには、これしかないかなって」

 尊が、
「いや……、どっちの顔も潰してるような気がするんだが」
と呟いていたが――。

 数志が、
「尊様、どうせ、あと三分しかありません。
 三分、鈴様と征様だけで話をさせてあげてください」
と頼んでくる。

「嫌だ」

「三分ですよ、三分っ。
 貴方なんて、三日、鈴様を連れ回したのに、キスすらできてないじゃないですかっ。

 征様が、三分で、なにができるって言うんですっ!?

 それくらい見逃してあげてくださいっ」

「なに決めつけてんだ、お前っ!
 キスすらできてないとかーっ」

「だって、尊様ですから」
と二人が揉め始めたその隙に、あっさり征は鈴の側に来た。

 これは数志の策略だったのだろうか、と鈴は思う。

 しかし、まんまとはまる人だな、と尊を見ながら、状況的にどうしたらいいのかよくわからず、とりあえず、
「すみません」
と征に頭を下げてみた。

 征は、時間を確認するように時計を見たあとで、口を開く。

「あのとき――

 俺にはお前が自分から尊についていったように見えた」

「……そんなつもりはなかったんですが。
 そうだったのかもしれません、すみません。

 どんどん進んでいく結婚話に、私、ついていけてないままだったのかもしれません」

 本当に申し訳なかったと思い、頭を下げた鈴に、征が言ってきた。

「鈴。
 女は好きな男より、誰よりも自分を愛してくれる男と一緒になった方が幸せになれると言うぞ」

 話のつながりがわからず、鈴は、きょとんとして、征を見上げる。

 これは、私の話をしているのだろうか?

 ちょっと意味がわからないんだが、と思いながら、鈴は征に訊いた。

「……誰なんですか?
 誰よりも私を愛してくれる人って」

「俺だろう」

 真顔で征は言ってくる。

「……初耳です」

 今も、とてもそうとは思えない無表情のまま、征は鈴を見下ろしている。

「でもあの。
 征さんは、私とは、三度しか会ったことないがですよね?」

 それもほとんど口もきいていない、と思ったとき、征が言った。

「出会った数は問題ではないと思うが。

 お前はひとつ間違っている。

 ――四度だ」

「え?」

「俺がお前に会ったのは、四度だ、鈴」

 そして、今日で五度目だ、と征は言った。

「征様っ。
 お時間ですよっ」
と尊と揉めていた数志が後ろから言ってくる。

「待て、数志っ。
 俺はまだ言いたいことがっ――」
と征は数志を振り向いたが、

「はいはい、お時間ですよー」
と数志は征の腕をガッとつかむ。

 はかったかのように黒塗りの車がホテルの前に止まった。

「まだ!」

「お時間です」
とさすがボディガードも兼ねているというだけのことはあり、細腕なのに意外な剛力で、数志は征を車に押し込むと、ドアを閉めた。

 自分は助手席に乗り込み、じゃ、とこちらに向かって、小さく手を上げてくる。

「駅まで急いでください」
と言っているようだ。

 その後ろ、後部座席から、窓を開けた征が叫んでくる。

「また来るからな! 鈴っ。

 すっ……!」

 まだ征はなにか言っていたが、容赦なく車は発進し、走り去った。

 それを見送りながら、鈴は呟く。

「また来るって……。
 今、私を連れ戻さなくてよかったんですかね?」

「あいつも、所詮はお坊っちゃまだからな。
 微妙に抜けてるところあるよな……」

 鈴は、一緒に見送りながら、そう言う尊を見、

 いや、貴方もですよね~と思っていたのだが。

 それが尊の可愛らしいところでもあるので、黙っていた。

「――行きましょうか、九州」



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