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大人なので、果てしない逃亡の旅には出られません

思い知らせてやらないと

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 食べ終わり、少し話したが、特に次の日の予定もなく。

 ただ、漠然と、九州方面に向かって走ろう、ということになった。

 時計を見、
「もう疲れてるだろ。
 おやすみ」
と言って尊が帰ろうとすると、鈴は立ち上がり、見送ってくれた。

「今日は付き合わせてしまって、すみませんでした、尊さん」

「いや、付き合わせてるのは俺の方だろ。
 俺がお前をさらってきたんだから。

 巻き込んですまん……」

 そのうち返してやる、と続けようと思ったのだが。

 その言葉は上手く出なかった。

「それに、危険だとわかっていても、戻ってくるほど、大事なものがあるっていいことだぞ」
と言ってやると、鈴は、

「そうですね」
と微笑んだあとで、なにごとか考えているようだった。

「……寝るか」
と言うと、はい、と言う。

 そのまま、尊は部屋を出た。

 隣の部屋は取れなかったので、少し離れた場所にある、おのれの部屋に戻りかけたが、戻らなかった。

 しばらく、そこに、ひとり立っていた。

 鈴がドアを開けて、
「やっぱり、こっちで一緒に寝ませんか」
と照れながら言ってきたり……

 なんて女ではないとわかっているのに。

 そのとき、ガチャリと音がした。

「忘れ物ですよ」
 でもいいから。

 鈴がもう一度、顔を覗けてくれないだろうかと思っていたのだが。

 ひらいたドアは隣のドアで、現れたのは、観光客らしい外国人の親子だった。

 楽しげに話しながら、エレベーターホールに歩いていくその後ろ姿を見送る。

「……阿呆だな」
と自分を罵り、尊は廊下を歩き出した。

 

「帰ったのか」

 尊と別れたあと、そっと屋敷の玄関ホールに入った数志は、征の声に、びくりとした。

 ホールの右脇にある湾曲した階段から下りてくる征を見ながら、
「あー、まだ起きてたんですか」
と言う。

 うわー、やべ。

 さっさと部屋に引き上げようと思ったのに、顔合わしちゃったよ、と思いながら、数志は、はは、と笑って誤魔化そうとした。

 数志一家は子どもの頃から、この屋敷の離れに住んでいた。

 今は数志は、清白家の警備も兼ねて、父たちとは別に母屋の一角を借りて住んでいるのだが――。

 豪華な屋敷で暮らせていいような。

 二十四時間気が休まらないような、と思う数志に近づき、征が言ってくる。

「……どうした?
 なにか隠してる顔だが」

 ひーっ、と数志は夜食を取り落としそうになった。

 男でも近くに来られると、くらりと来そうな綺麗な顔で睨まれる。

「な、なにもありませんよ。
 なかなか尊様たちが捕まらないので、そろそろ征様にこっぴどく叱られそうだなと思ってただけです」
と言うと、征は信じたのか信じないのか、

「まあ、お前はなんだかんだで、尊と仲いいからな。
 窪田も尊についたようだし、俺には人望がないんだろうよ。

 いずれ、やっと手に入れたこの跡継ぎの座からも俺は追われるんだろうよ」
とおかしな予言じみたことを言い出した。

「いきなりイジケないでくださいよ……」

「なにせ、花嫁まで、尊についてくくらいだからな」

「えーと、あれ、連れ去られたんですよね?」
と言ってみたのだが、征は、そうか? と腕を組み、眉をひそめる。

「俺の目には、鈴がトコトコ自分からあいつについて行ったように見えたが」

 ……すみません。
 俺の目にもそう見えました、と思ったが、言わなかった。

 なんでなんだろうな、と数志は思う。

 母親が双子で、父親が同じなせいか、征と尊は、ぱっと見、そっくりだ。

 だが、誰も本気で間違ったりはしない。

 そのくらい雰囲気が違う。

 だから、同じ顔なのに、鈴様が、尊様を見た瞬間、あっちに行ってしまったのは……。

 いや、考えるのはよそう。

 うっかり口に出したら、屋敷の地下とかに連れ込まれて、凄惨な最期をげるはめになりそうだからな……と思う数志の前で、征は言った。

「まあ、どうせ、もう一晩過ぎたんだ。
 鈴は尊のものになったんだろう。

 あいつのお古なんて、もういらないんだが」

 だが、
「じゃあ、もう追わなくていいですか」
と言うと、征は黙る。

 ちょっと征が可哀想になってきた数志は、
「でも、まだ、なんにもなさそうでしたけどね、あの二人」
とうっかりもらしてしまい、

「やっぱり会ってるんじゃないかっ」
と怒鳴られた。

 罠かっ、と思いながらも、数志は慌てて弁解する。

「いやいやいやっ。
 だから、逃げられたんですよっ。

 でも、征様、尊様のお手つきは嫌なんでしょ?
 今のままなら、いずれそうなりますよ。

 もうあの二人のことは放っておいたらどうですか?

 征様、降るように、いいお話が舞い込んでたじゃないですか」

 征の見合い相手は、みな、美人で資産家の令嬢ばかりだ。

 ひとり分けて欲しいくらいだ、と数志は思っていた。

 だが、征は、
「此処まで莫迦にされて、黙ってられるか」
と言い放つ。

「あの二人には――

 特に鈴には思い知らせてやらないとな。

 ……数志、鈴たちは何処だ。

 お前、本当は知ってるんだろう」

 ひい……。

 見つめられただけで石になるとかいう伝説がよくあるが。

 あれはきっと、作り話ではない、と数志は実感していた。

 身動きできない数志を征は無言で見下ろし、言ってくる。

「尊たちは何処だ、数志。
 今、戻ってきたときから、お前の様子がおかしい」

 ――あの二人、この近くに居るんだろう?

 そう征は言ってきた。



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