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大人なので、果てしない逃亡の旅には出られません

書くと願いが叶うとかいう手帳

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 一緒に二階に上がった尊は、鈴が机から取り出した淡いピンクの手帳を見て言った。

「ほほう。
 これが書くと願いが叶うとかいう手帳か」

 なにか怪しい魔法のランプみたいに言われてますが。

 ただ願望を書き連ねているだけの手帳ですよ、と思いながら、鈴はぺらぺらとその手帳をめくって見せる。

 別に人に見られてまずいようなことも書いてないからだ。

 だが、それを見ていた尊は、
「……お前。
 何処の店でなに食べたいとかばっかりじゃないか」
と呆れる。

 いや、だから、それ、ただの妄想日記ですからね、と思ったとき、いきなり、尊がページの途中にバシッと手を突っ込み、鈴がめくるのを止めてきた。

「なんだ今のは」
と言う。

 へ?
 なんか書いてましたっけ?
と思う鈴の手から、尊は手帳を取り、叫び出す。

「『連れ去られたい』って、願いが叶う手帳に書いてあるぞ!
 俺はお前に操られてたのか!?」

 いや、そんな莫迦な、と鈴は横から、そのページを覗き見た。

 その日は、忙しいという理由により、花婿不在で行われた、衣装合わせの日だった。

 花婿の衣装は、鈴が選んだドレスに合わせ、店の人が勝手に決めた。

 ああ……とそれを書いたときの心境を思い出し、鈴が苦笑いしたとき、
「すずーっ」
と下から抑えた声で、父が叫んできた。

「お母さんの車が戻ったぞっ。
 早くっ。
 裏口から出なさいっ」

 慌てて、二人で下に下りる。

 鈴は階段下に居たぽすと父を見、ぽすの頭を撫でたあとで、父に言った。

「ありがとう、お父さん。
 大好きよ」

 父、晴一郎は何故か鼻をすすり、

「なんか……教会で花婿に引き渡したときより泣けるなあ、ぽす」
と言ったあとで、

「娘をよろしく」
と尊の手を握っていた。

 いや、……お父さん。
 その人、誘拐犯、と思いながらも、鈴はその誘拐犯と一緒に家を出た。


 暗がりの道で、鈴は自宅を振り返る。

 建て替えたあと、初めて、この家に入ったときのことを思い出していた。

 お城のようだと思った。

 いや、ただ屋敷が洋風な造りに変わっただけだったのだが。

 ウォシュレットの水を頭から被り、トイレの蓋に挟まれたことも。
 今思い出すと、なんだか切なくなってくる。

 屋敷を見上げたまま、鈴は言った。

「今度は自分の足で出て来ちゃいましたから、もう誘拐じゃないですね」

 いや……もしかしたら、最初から違っていたのかも、と鈴は思う。

 父の、
『いや、私には自分の足で歩いてついてったように見えたぞ。
 なあ、尊くん』
という言葉を思い出しながら――。



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