というわけで、結婚してください!

菱沼あゆ

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大人なので、果てしない逃亡の旅には出られません

そこが約束の地だろうか

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「すみません。
 あんなに走って、此処まで来たのに。

 いいんですよ。
 ぽすのことなら、公衆電話から電話して訊いてみますから」
と鈴が謝ると、

「そんな暗い顔してるお前を連れて歩いても楽しくないだろ。
 必ず、また、九州に戻ってこよう」
と尊は言う。

 なんとなく向かうことになった九州が、なにかの約束の地のようになる。

「そういえば、博多なんだよ、俺の新しい勤務地」

「え? そうなんですか?」

「あとでちょっと見に行ってみるか」
と言われ、はいっ、と言ったが。

 でもそうか、と思う。

 三日後、この人が仕事に戻るのなら、そこでお別れだよな。

 いや……、これだけのことをしでかして、戻れるのかは知らないが。

 まあ、数志さんの口調からすれば、すぐに戻れば、もみ消してもらえそうではあったな。

 ……帰ろうか、このまま、と鈴は迷う。

 私が今すぐ戻れば、たぶん、この人は今まで通りやっていける。

 ぽすを見に行って、そのまま戻ろうか――。

 親に言われて、三度しか会ってない人と結婚して。

 そのまま決まった道を歩いていくだけの人生なんだろうと思っていた私を、この人は一度でも外の世界に連れ出してくれた。

 それで充分かな、と思いながら、ふたたび高速に乗り、折り返している車の窓から、鈴は外を見ていた。

「寄らなくていいのか?」
と尊が言ってくる。

 え? と見ると、
「噂のめかりパーキングエリアだぞ」
と言ってくる。

 いや、今も此処に、鼻に指をさされた人が居るわけではないんで……と思いながら、
「大丈夫です」
と言って、鈴は笑った。
 


 では、お嫁に行ってきます、と出たはずの家を鈴は少し離れた裏側から見つめていた。

 自宅付近まで戻ってきていた鈴たちは、日が暮れるまで待って、裏門をくぐると、庭の中をこそこそ歩いて、洋館風の建物に近づく。

「鍵も持ってませんし。
 何処か開いてないか、見て回った方がいいですかね?」

 屋敷の何処かは開いているかもしれない、と明かりのついている窓を警戒しながら、鈴は見上げていたのだか。

 うーん、と悩みながら、庭を歩いていた尊は、いきなり玄関に回り、チャイムを押した。

「ちょっとーっ」
と抑えた声で、鈴は叫ぶ。

「なんで、こそこそ来といて押しちゃうんですかっ」
と叫ぶと、

「いや、お前を返した方がいいんだろうかと迷って」
と尊は言う。

 迷いながら、もう押しているっ!

 まあ、こういう人だから、私を誘拐できたんだな、と鈴が思っていると、ガチャリとドアが開いた。

 父が出てくる。

「お父さん、ぽすは……っ。

 ……ぽすは、元気そうですね」

 ぽすは父の腕に抱かれ、いつものように笑っているかのような顔で、まったりしていた。

 罠かっ。

「いや、お前がなんにも連絡寄越さないから。
 清白すずしろの家にはともかく、こっちには連絡くらい入れなさい」
と叱られたので、

「いや、連絡しなさいって。
 私、誘拐されてたんですけどっ」
と文句を言うと、

「誘拐?」
と父は眉をひそめ、

「お前自分で彼についてったんだろうが」
と言ってくる。

「ええーっ。
 誘拐ですよーっ」

「いや、私には自分の足で歩いてついてったように見えたぞ。
 なあ、尊くん」
と尊に同意を求めていた。

 尊は、いやまあ、どうでしょうね……などと、よくわからないことを呟いている。

「まあ、ともかく、入んなさい。
 征くんの手の者に見つかるじゃないか」
と言って、急いでドアを閉めようとする。

 はあ。
 数志さんとか、数志さんとか、数志さんですね、と思いながら、鈴は言われるがまま、尊と一緒に中に入った。




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