29 / 77
大人なので、果てしない逃亡の旅には出られません
そこが約束の地だろうか
しおりを挟む「すみません。
あんなに走って、此処まで来たのに。
いいんですよ。
ぽすのことなら、公衆電話から電話して訊いてみますから」
と鈴が謝ると、
「そんな暗い顔してるお前を連れて歩いても楽しくないだろ。
必ず、また、九州に戻ってこよう」
と尊は言う。
なんとなく向かうことになった九州が、なにかの約束の地のようになる。
「そういえば、博多なんだよ、俺の新しい勤務地」
「え? そうなんですか?」
「あとでちょっと見に行ってみるか」
と言われ、はいっ、と言ったが。
でもそうか、と思う。
三日後、この人が仕事に戻るのなら、そこでお別れだよな。
いや……、これだけのことをしでかして、戻れるのかは知らないが。
まあ、数志さんの口調からすれば、すぐに戻れば、もみ消してもらえそうではあったな。
……帰ろうか、このまま、と鈴は迷う。
私が今すぐ戻れば、たぶん、この人は今まで通りやっていける。
ぽすを見に行って、そのまま戻ろうか――。
親に言われて、三度しか会ってない人と結婚して。
そのまま決まった道を歩いていくだけの人生なんだろうと思っていた私を、この人は一度でも外の世界に連れ出してくれた。
それで充分かな、と思いながら、ふたたび高速に乗り、折り返している車の窓から、鈴は外を見ていた。
「寄らなくていいのか?」
と尊が言ってくる。
え? と見ると、
「噂のめかりパーキングエリアだぞ」
と言ってくる。
いや、今も此処に、鼻に指をさされた人が居るわけではないんで……と思いながら、
「大丈夫です」
と言って、鈴は笑った。
では、お嫁に行ってきます、と出たはずの家を鈴は少し離れた裏側から見つめていた。
自宅付近まで戻ってきていた鈴たちは、日が暮れるまで待って、裏門をくぐると、庭の中をこそこそ歩いて、洋館風の建物に近づく。
「鍵も持ってませんし。
何処か開いてないか、見て回った方がいいですかね?」
屋敷の何処かは開いているかもしれない、と明かりのついている窓を警戒しながら、鈴は見上げていたのだか。
うーん、と悩みながら、庭を歩いていた尊は、いきなり玄関に回り、チャイムを押した。
「ちょっとーっ」
と抑えた声で、鈴は叫ぶ。
「なんで、こそこそ来といて押しちゃうんですかっ」
と叫ぶと、
「いや、お前を返した方がいいんだろうかと迷って」
と尊は言う。
迷いながら、もう押しているっ!
まあ、こういう人だから、私を誘拐できたんだな、と鈴が思っていると、ガチャリとドアが開いた。
父が出てくる。
「お父さん、ぽすは……っ。
……ぽすは、元気そうですね」
ぽすは父の腕に抱かれ、いつものように笑っているかのような顔で、まったりしていた。
罠かっ。
「いや、お前がなんにも連絡寄越さないから。
清白の家にはともかく、こっちには連絡くらい入れなさい」
と叱られたので、
「いや、連絡しなさいって。
私、誘拐されてたんですけどっ」
と文句を言うと、
「誘拐?」
と父は眉をひそめ、
「お前自分で彼についてったんだろうが」
と言ってくる。
「ええーっ。
誘拐ですよーっ」
「いや、私には自分の足で歩いてついてったように見えたぞ。
なあ、尊くん」
と尊に同意を求めていた。
尊は、いやまあ、どうでしょうね……などと、よくわからないことを呟いている。
「まあ、ともかく、入んなさい。
征くんの手の者に見つかるじゃないか」
と言って、急いでドアを閉めようとする。
はあ。
数志さんとか、数志さんとか、数志さんですね、と思いながら、鈴は言われるがまま、尊と一緒に中に入った。
14
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる