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王子様に見えたか?
しおりを挟むいい天気だなー。
浜辺では、離れた場所で釣りをしている父親と息子らしき人影がある以外、誰の姿も見えなかった。
鈴たちは防波堤の下辺りにレジャーシートを広げて、バスケットの中身を取り出す。
「わあ、すごいですね。
これは人気になると思いますよ」
と鈴は笑った。
トランク型のピクニックバスケットの中からは、細切り野菜のたっぷり入ったサンドイッチに、陶器の小洒落た容器に入ったスープ。ふわふわのオムレツとまだ少し温かいクロワッサンが少し。それに、フルーツがふんだんに入っていた。
「どうしましょう。
昨日のディナーに引き続き、幸せです」
と言いながら、鈴は夕日に輝く湖を見ながら食べた、昨日の夕食を思い出す。
「……でも、いけませんよね。
こんなこと」
と鈴が呟くと、尊が、
「どうしてだ?」
と訊いてくる。
「だって、私、悪いことしてるのに」
「お前がなんの悪いことをしてるんだ?」
「式場から逃げました」
「俺が連れて逃げたんだろう?
お前が気に病むことはない」
「でも、途中で逃げられるチャンスは何度もありました」
凶器で脅されていたわけでもない。
強く腕をつかまれていたわけでもない。
少し話して、暴力に訴えるような人でもないとわかっていたのに――。
「人間誰でも、そういう気の迷いはあるだろ。
ましてや、三度目しか会ってない男と結婚するときには」
と尊は言ってくれる。
やさしいな、と思っていた。
どうして、私の結婚相手はこの人じゃなかったのかな、と思ってしまう。
尊が清白の跡継ぎだったなら、尊の方が花婿だった気がするのだが。
もし、尊さんが私の夫になる人だったら、私は式場から逃げていただろうか?
あの教会で。
私の前に居たのが、この人で、さらいに来たのが、征さんだったら……?
っていうか、征さんだったら、そもそも、そういう感じの復讐は企てない気がするんだが……と鈴は苦笑いする。
「この話、最初の段階なら、断ることもできたはずなのに。
ぼんやり流されたのは私なのに。
誰か助けに来てくれないかなって、うっかり教会で思ってしまって。
その扉を開けて、子どもの頃、夢見てたような王子様が助けに来てくれないかなって。
そしたら、貴方が現れたんです」
「……王子様に見えたか?」
と尊が訊いてくる。
「人さらいに見えました」
「そのまんまじゃねえか……」
「だって、最初は怖かったんです。
顔は、征さんと同じだし。
なにが起こったんだろうって。
でも、怖かったのに……
ついて来てしまったんですよ」
今でも、自分で自分が信じられない。
「まあ、確かにたいした抵抗はしなかったが」
と言われ、
「いえ、何度も撲殺はしようとは試みたんですが」
と言うと、
「……待て。
俺は結局、お前に殺されなきゃいけないようなことはしてないよな?」
と尊に確認するように問われる。
いえいえ、主に、言葉の暴力でですよ、と鈴は思っていた。
さらわれた挙句に、たいした女じゃないとか語られると、軽く撲殺したくなりますよね~と思う。
「ま、お前の父親、外見に反して、意外に強引だと聞いてるからな。
お前がこの政略結婚を断ろうとしても、上手くはいかなかっただろうよ」
とまとめてくれる尊に、鈴は言った。
「昔、ぽすを拾ったばかりの頃、マヌケ面が可愛いって、どうしても、ぽすが欲しいって人が居たんですよ。
でも、もう情が移っていたお父さんは、いや、ぽすは渡さんって頑張ったんです。
なのに、何故、娘は簡単に、見知らぬ男に引き渡してしまうんでしょうね?」
「ぽすの一生は面倒見られるが、娘の一生は面倒見きれないからだろ?
誰かに手渡して安心したかったんだよ」
海を見つめながら、尊は言ってくる。
「だから、娘を受け取る男はそれだけの覚悟が必要だってことだ。
……まあ、征にはあったんだろうな。
しつこく追ってるようだから。
腹を立てているだけかもしれんが……」
と言いながら、尊は上の道を見た。
防波堤の切れ目のところに、そういえば、見たことのある今風のイケメン顔の男が立ってこちらを見ていた。
確か……武田数志とか言ったっけ、と逃げるでもなく、ぼんやり思いながら、鈴は彼に向かい、ぺこりと頭を下げた。
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