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略奪されました

後悔してるんですか?

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「湯加減はどうだ?」
「いい感じですー」
と言いながら、鈴は湯に浸かっていた。

 コルセットは息を止めながら、ゆっくり時間をかけて外したら外せた。

 ホック部分が外れず、かなり長く息を止めていたせいで、軽く死にそうにはなったが――。

 浴室は山と湖に面していて、ホテルのスタッフも通らないので、鈴は窓を開け放して入っていた。

 外の日はまだ高く、浴室には、燦々と日差しが降り注いでいる。

「いいお天気ですね~」
と鈴が思わず、呟くと、

「お前は呑気だな」
とすりガラス越しに尊に言われた。

 何故がガラス扉の向こうに立っているようだ。

「後悔してるんですか?
 もう帰ります?」
と鈴が訊くと、阿呆か……と言う。

 お、ジェットバスにもなるようだ、と壁にある操作パネルを見ながら、鈴は言った。

「いやあ、私もそう呑気でもないんですよ。
 帰ったら、きっと、ガッツリ親にも怒られますよね~。

 20センチのフライパンか、26センチのフライパンで殴られると思います」
と言うと、

「なんだ、それは……」
と言われる。

「いえ、高校生の頃、キッチンに居た母親を怒らせたら、ちょうど、コンロにふたつフライパンが乗ってたみたいで。

 20センチのフライパンで殴られたいか。
 26センチのフライパンで殴られたいかと聞かれました」

「待て、それ、火がついてたのか?」

「今思えば、あの親犯罪スレスレですよねーっ」
と鈴は訴えた。

 

 ガラス扉の向こうに居た尊は聞いた。

「今思えば、あの親犯罪スレスレですよねーっ」
と鈴が叫んだあと、ごぼぼぼぼっと音がし始めたのを。

「お前、今、ジェットバス動かしたろっ」
と尊はガラス越しに、鈴に向かって叫ぶ。

「はあ、気持ちいいです」
と鈴は言ってくる。

 ……本当に呑気だな、と思いながらも、なんとなく、そこに居ると、そのうち、飽きたのか、ジェットバスのスイッチを切ったらしく、静かになった。

 今度は、鈴が動くたび、水音が聞こえてくる。

 やめろ。
 どきりとしてしまうじゃないか、と思いながらも、尊は、まだそこに居た。

 鈴は、20センチのフライパンで殴られたいか。

 26センチのフライパンで殴られたいか。

 などというくだらぬ話をしているのに。

 何故だろう。

 妄想の中の鈴は、水音のせいか、泉の中から出てきた女神のような格好をしていた。

 ジェットバスの泡の中から浮かんできた鈴が、
「お前は、ホンモノの新郎か? ニセモノの新郎か?」
と訊いてくる。

 いいえ、私は、ホンモノの新郎ではありません、とか言うと、お前は正直者ですね、と言って、ホンモノの新郎、征がもらえたりするのだろうか。

 いらないんだが……と思いながら、尊はガラス扉越しに、鈴に向かって言った。

「ちょっと出てくる」

「えっ? 何処へ?」
と鈴が立ち上がる音がする。

 だから、水音をさせるなーっと思いながら、尊はフロントへと向かった。




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