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略奪されました

全然予定になかった王子様が現れたわけなんだが……

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 どうしよう。

 鈴はその浴室を前に困っていた。

 ヴィラの一階には、湖側がガラス張りになっている立派な浴室があった。

 大きな窓を全開にしたら、ほぼ露天のような感じになる。

 入りたいっ。

 どうしてもっ。

 ゆったりお湯に浸かって、手足を伸ばして。

 窓の外に植えてある艶やかな花の香りを嗅ぎながら、疲れをいやしたいっ。

 鈴はそう熱望していたが、それにはひとつ、困ったことがあった。

 まだコルセットが外せていないのだ。

 風呂場から広い居間に戻ってくると、こちらも窓を開け放してあった。

 尊は黒いラタンチェアに腰掛け、新聞を読みながら、冷蔵庫にあった炭酸水を飲んでいる。

「どうした?」
と、そろ~っと戻ってきた鈴に気づき、訊いてきた。

「は……」

 は? とそこで止まってしまった鈴を見、なんだろう、という顔を尊がする。

「は、外してくださいっ」

 自らコルセットを外してくれという恥ずかしさに、素敵な浴室が勝った。

 いや、勝っていいものだったのかは謎だが……。

 立ち上がり、こちらに来た尊が、
「なんだ。
 やっぱり襲って欲しいのか」
と言う。

 違う違う違う、と鈴は高速で手を振った。

 ああっ。
 やはり、頼むのではなかったっ。

 どうかしていた。

 いや、それを言うなら、尊さんと此処まで来てしまったことがどうかしてたんだが、と改めて、鈴は思う。

 子どもの頃、夢見ていたのとはまったく違う結婚式。

 いや、見てくれだけは、夢見ていた以上だったが。

 美しい夫に、美しい教会。

 素敵なドレス。

 だけど、なにかが釈然としないまま、誰か此処から連れ去ってくれないかなーと式の間、ずっと思っていた。

 まあ、きっと、式のとき、こんなことを考える人はたくさん居て、それでもみんな上手く夫婦生活をやっていって。

 いずれは、こんな結婚式だったこともいい思い出になるんだろう。

 そう思っていたのだが。

 そこに現れるはずのない人が現れた。

 助け出してくれる王子様が。

 いや、まったく知らない人だったんだが……。

 つい、引きずられるまま、此処まで来てしまった。

 まあ、新郎と同じ顔だった時点で、ついて来るべきではなかったのだろうが。

 見ただけでは、人となりなどわからないので、征と条件は同じだったはずなのに。

 なんで、この人には強く逆らわなかったんだろうなと思う鈴をすぐ側に来た尊が見下ろし、言ってくる。

「可哀想だからと見逃してやっていたが、お前が望むなら襲ってやろう」

 望んでませんっ、と鈴はまた高速で手を振った。

 冷たい風が顔の周囲に巻き起こったが、何故か、全身からは悪い汗が噴き出している。

 じりじり後退していく鈴を追い詰めるように尊は前に出てくる。

「まあ、征の手垢のついた女なんぞ、本当は抱きたくもないんだが」
と言う尊に、鈴は思わず言ってしまっていた。

「え?
 私は清らかですよ?」

 いや、自分で清らかですとか言うのもおかしいのだが。

 妙な目で見られるのも嫌なので、鈴は即座にそう否定する。

「だって、私、征さんには、三度お会いしただけですから。

 一度目がお見合いで、二度目が結納で、三度目が今日です」

 すると、一瞬、沈黙した尊が、

「そんな女がこんなところでなにをしている。
 帰れ」
と言ってきた。

「いや……貴方が私を連れて逃げたんですよね?」

 鈴は確かめるようにそう訊いていた。



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