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略奪されました
私は物ではありません
しおりを挟む鈴たちはバスを降り、下町を歩いていた。
さっきから、いろんなことが起こり過ぎていて、現実感がなく。
ウェディングドレスを着て、商店街を歩く異様さに気づいていなかった鈴は、道端のご老人に拝まれ、
なんでだろうな、とぼんやり思っていた。
商店街を抜け、信号待ちをし、横を通ったバイクの青年を、えっ? と驚かせながら、尊の後をついて行くと、小さな整備工場に出た。
その工場の中央には、白い年代物のオープンカーがドンと座っている。
尊が覗くと、オープンカーの側にツナギを着てしゃがんでいた今風のイケメンが気づいて立ち上がった。
「尊。
それが征の花嫁か。
さすが美人だな」
と鈴を見て言うので、いや、そんな、と鈴は照れたのだが、
「いい女とか言うんじゃないが、可愛いな」
とそのイケメンはカラッと笑って言ってくる。
「誰ですか。
この失礼な整備の方は……」
此処には、ちょうど殴るのによさそうな、スパナとか鈍器とかあるようだが……と思っていると、尊が、
「朝倉秀。
素直すぎるのが玉に瑕な俺の友人だ」
と紹介してくるので。
息の根を止めるのなら、このイケメンより、こっちかな、と鈴は思っていた。
そのイケメン、秀がヒソヒソッと尊になにやら耳打ちしている。
「……そうなのか。
それは知らん」
と尊が言うと、なんだかわからないが、秀は、こちらを見て、ひひひ、と笑う。
そのとき、奥のガラス張りの事務所の方で電話が鳴り出した。
「車、もう直ってる。
ついでに磨いておいた。
お代は征に請求しとくから、心配すんな」
と理不尽なことを言い、秀は事務所の方に行ってしまう。
「乗れ」
とそのオープンカーを見下ろし、尊が言ってきた。
「え、でも……」
「今更戻れないんだろうが」
と言いながら、ドアも開けずに、ひょいと跨いでオープンカーに乗った尊は、こちらを振り向き、
「早く出ないと、工場の邪魔になるだろ」
と言う。
「あっ、そ、そうですねっ」
と鈴は慌ててドアを開けると、ドレスを引きずらないように持ち上げ、車に乗り込んだ。
不思議なものだな、と思いながら、鈴は運転席に座る尊の顔を見ていた。
征とは、ほとんど口をきいたこともない。
だから、整いすぎた顔のせいもあって、人形のように感じていた。
マネキンと結婚するみたいだな、と式のときも思っていたのだが。
尊が同じ顔、同じ体格なので、式場を出た途端に、マネキンが人間になって、動き出したような気がしている。
……それにしても困ったな。
自分で出て来たわけではないのだが。
なんだか今更戻りにくい……と鈴は走り出した車の中から、教会のある方角を見た。
「また来いよー」
と事務所から顔を覗けた秀が叫ぶのが聞こえ、鈴はぺこりと頭を下げる。
「……整備工場の人に、また来いよ、と言われると、不吉な感じがするのですが」
と振り返りながらもらすと、尊は少し笑ったようだった。
笑うんだ? この人でも、
と当たり前のことを思いながら、鈴はその横顔を見る。
「あのー」
と風になびくベールと髪を手で押さえながら訊いてみた。
「なんでオープンカーで来ようとしてたんですか?」
「上が空いてるから、教会から取ってきたお前を放り込めるだろうが」
私は物ですか。
いや、まあ、この人にとってはそんな感じなんだろうな、と思っていると、
「それと、オープンカーだったら、式場から出てきた新郎新婦に見えるから、周りに疑問を持たれないからだ」
と言う。
確かに。
目立つことにより、埋没するというか。
みんな普通の新郎新婦だと思って、眺めはするけど、怪しいと警察に通報したりはしないだろう。
「でもそれ、私が、助けてーって騒いだら、どうするんですか?」
と訊くと、
「そのときは、すぐにお前を車から放り出すから大丈夫だ。
お前を連れ出した時点で、俺の目的は半分達成してるからな」
と尊は言ってくる。
「残り半分は?」
と訊いたが、答えてはくれなかった。
まあ、誘拐犯にしては、よくしゃべってくれる方か――
と思ったあとで、空を見上げる。
梅雨が明けたばかりの綺麗な夏空だ。
それにしても……
現実感ないなあ。
「いい天気ですね~」
と思わずもらすと、
「呑気だな……」
と尊が呆れたように言ってきたが、呑気なのは、そこまでだった。
鈴の予感が当たったからだ。
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