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ゼロどころか、マイナスからの出発

まるで、蟻地獄

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「それで結局、どうなったんだ?」

 発表あったんだろ? 抽選の、とあかりは翌々日の昼、青葉に訊かれた。

「当たりました」

「なんだ、当たったのか」

「いえ、当たったのは占いの方です」
と答えたあとで、あかりは言う。

「……木南さん、寿々花さんに会われてませんね?
 会ったら、すぐわかりますよ。

 今、大層荒れてらっしゃいますから」

「そうか。
 じゃあ、しばらく近づくのやめよう。

 っていうか、お前、今、俺を木南さんて呼ぶ前に間があったな。

 『青葉さんって呼ぼうかな~』って迷いがあったんだろ。

 いい加減、諦めて呼べ。

 あと、ミックスジュース」

 えっ? とあかりは青葉を見る。

「よく読めましたね、そのメニュー」

「どうせお前が考えたんだろ、ヤンキーか」

 青葉は子どもが書いたメニューを見ながらそう言ったあとで、こっちを見て、少し微笑む。

「お前の考えてることなら、俺はわかるさ」

「……そ、そうですか?
 じゃあ、今、私がなんて思ってるか、当ててみてください」

「『早く帰れ』」

「違います」

「『いつまでも付きまといやがって、元彼きどりか』」

「全然違います。
 意外にマイナス思考ですね、木南さん」

 おっと、こんなこと言ったら、
「じゃあ、お前は、早く帰れとは思ってないわけだな」
とか言われそうだ。

 あかりは慌てて話題を変えた。

「そんなことより、寿々花さん、なんとかしてください」

「嫌だ」

「息子さんでしょ?」

「今すぐ縁を切る」

 薄情な息子だな。

 いや、困ってる私に対して薄情なのか?
と思いながら、

「チケット、あなたが占ったせいでハズレたんだから、責任持って手配しなさいって言われたんです。

 嶺太郎さんのコネ使ってって。

 いや、私、ここ最近、会ってないですからねっ、嶺太郎さんっ」
と叫んだとき、カランコロン、と音がした。

 青葉が振り返り、

「おっ、珍しく客が来たぞっ」
と言う。

「いや、一日、何人かは来ますよ。
 来るだけなら」

「迷い込んだ客を逃すなよ。
 蟻地獄みたいに」

 ロクなこと言わないなあ、と思いながら、あかりは立ち上がり、
「いらっしゃいませ~」
と微笑んだ。

 すっきりした爽やか系の男性だ。

 さっきの会話、聞かれてたら逃げそうだ、と思ったとき、その人は言った。

「あの、ここ、占いの店だと聞いて」

 違います……。

 真面目に占う自信はないので、近くの占いの館のチラシでも渡そう、とあかりは引き出しをゴソゴソやりかけたが――。

「私、大島元おおしま はじめと申します」
と彼は名乗った。

 あ~、とあかりは声を上げる。

 クソ旦那さんでらっしゃいますね。

 全然、クソな感じはしないのですが。

「穂月さんのご主人でらっしゃいますか?」

「妻がいつもお世話になっているそうで」
と元は深々と頭を下げてきた。

 うーん。
 ぱっと見、穂月さんが言うような、クソ旦那ではないんだが……。

 まあ、その家庭に入ってみなければ、ほんとうのところはわからないのだが。

「店長さんの占い、よく当たると聞いています」

 いや、当たりません。

 チケットがハズレたのは当たったけど。

 あれ、そもそも当選確率低かったし。

 あなたがたの離婚に関しては、ハズレていると思いますよ。

 っていうか、もしや、その占いの件で怒っていらっしゃいました?
とあかりが怯えたとき、元が言った。

「妻があなたの話をとても楽しそうにしていたので。
 その、ちょっと占いついでに相談に乗っていただきたくて」

「……わ、わかりました」

 占える自信はなかったが。

 きっとご主人は占って欲しいわけじゃなく。

 最近、機嫌の悪い妻がなにを考えているのか。

 この怪しい占い師なら知っているかもと思い、話をしてみたかっただけなのだろう。

 だが、あかりはそこで迷った。

 とりあえず、占うフリはしなければならない。

 よく当たる……かもしれないアンティークなタロットを使うべきか。

 いや、悪い答えが当たっても困る。

 では、まったく当たらなさそうなこの量産品のタロットを使うべきか。

 ……なんかとんでもない結果が出たら、それも困るな。

 悩むあかりをじっと見ている男がカウンターにいた。

 元に席を譲り、ちょっと離れた場所に座っている青葉だ。

『なんだ、このイケメンは』
という目でこちらを見ている。

『穂月さんのご主人だと言ったではないですか』
とあかりは見返す。

 いや、それで伝わったかは定かではないのだが。

 元は青葉を見て、何故か、
「あ、お客さんかと思ってたんですが、ご主人でしたか」
と言って笑う。

 客にしてはくつろぎ過ぎているので、そう思ったのだろうか?

 それとも、まさか、私と青葉さんの様子を見て?

 いやいや、そんな莫迦なっ、とあかりが思った瞬間、急に顔を輝やかせた青葉が立ち上がり、元に挨拶しはじめた。

「初めまして、大島さん。
 日向の父です」

 ……まあ、嘘は言ってない。

 ご主人ではないが。

 日向の父であることには変わりない。

「いつも日向くんには、幼稚園で娘がお世話になってるそうで」

 いいえ、世話してしもらっています……。

 穂月に似て、穂月の娘、月華つきかはしっかりしている。

「日向くん、すごく格好いいって、いつも言ってますよ」

 そうですかね~。
 この間、お宅のお嬢さんと幼稚園で変身して戦ってたんですけど。

 手を突き出して、

「ストラーップ!」
とか叫んでましたよ。

 ストップと言いたかったんでしょうが。

 あんな息子ですが、格好いいのでしょうか……?
と思ったが。

 日向と元から仲良しだったあいちゃんと、月華が、どっちが日向と遊ぶかで揉めているのは確かだ。

 なんだかんだで子どもなんで、結局はみんなで一緒に遊んでいるようなのだが。


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