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ゼロどころか、マイナスからの出発

全員、落ち着け

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 さて、とあかりがタロットカードの封を切ると、子どもたちが身を乗り出した。

 いや、君ら、早く帰らないと怒られるよ……と思いながら、あかりは怪しい手つきでカウンターの上のカードを動かす。

 時折、説明書きを見るので、穂月が不安そうに訊いてくる。

「あの、あかりさん。
 もしや、占われるの、はじめてですか?」

「はい。
 でもほら、ビギナーズラックとかあるかもしれません」

 占いで……? という顔をしていたが、穂月はおとなしく占われてくれた。

 あかりが説明書を読みながら、タロットカードを切っていると、穂月が言う。

「ここ、ランプのお店だったんですね。
 父がキャンプグッズを集めてるので、今度、いるものがないか訊いてみます」

「いえいえ、お気になさらずに」
とあかりが言ったとき、あっ、と穂月がカウンターの端に積み上げてあるものを見て声を上げた。

「私、この間、これと同じライト付き手回しラジオ、ネットショップで買いました。

 ミニサイズで、ソーラーでも動いていいなと思って。

 色も他ではないような、可愛い色がいっぱいあっていいですよね」
と言いながら、穂月はスマホを取り出し、確認していた。

「あっ、ほんとだ。
 お店の名前も同じですね。

 商品はじっくり見たんですけど。
 店名、よく見てなくて、すみません」

 そう笑ったあとで、でもあの……と穂月は真剣な顔で言ってくる。

「この商品、もっと外から見える位置に出した方がいいですよ」

 ……子どもたちから、あの店、あんまり客いないよ、と聞いているのか。

 それとも、街の人たちの間で、あの店、流行ってないよ、と話題になっているのか。

 相当心配してくれているようだ、とあかりは思った。

 うーむ。
 来店されたお客様の評判は上々なのだが。

 ランプって、一年に何個も買うものではないので。

 すぐにリピーターになってくれる人は、なかなかいない。

「またランプ買うときは、ここに来るね」
と言われるだけで終わってしまうことが多いのだ。

 やはり、ランプがメインでは無理があるのかと思ったとき、面倒見のいい穂月が身を乗り出し、熱く語り出す。

「よく見たら、可愛い雑貨もちらほら、片隅にっ。
 あかりさんっ、これらをショーウィンドウの方に持っていくべきですっ」

「あ、ありがとうございますっ」
とぺこぺこ頭を下げたあとで、あかりは言う。

「よしっ、できましたっ。

 では、穂月さん。
 占って欲しいことを心に念じてくださいっ」

「えっ?
 今ですか?

 混ぜるときの方がよかったんじゃ……」

「とりあえず、やってみましょう。
 いきますよ~、はいっ」
とあかりはカードの山の一番上のカードをめくってみた。

「あなたが今、考えていることの答えはこれですっ」

 そこで、一度、穂月の方に向けたカードを自分に向けて見、

「なんか楽しそうなカードですよ」
とあかりは言った。

 穂月は身を乗り出し、真剣にそのカードを見つめる。

「……愚者のカードですね。
 『縛られずに自由に飛び出そう』」

 ――いや、勝手に自分で占っちゃってますよっ!
とあかりが思ったとき、

「わかりましたっ」
と穂月が立ち上がった。

「私がどんなに疲れていても、飯はまだかと言ってくるクソ旦那とは別れろということですねっ」

「いや、落ち着いて、穂月さんっ」

 まあ、よく考えれば、こんな怪しい店なのに、占って欲しいと言ってくるなんて。

 そもそも、重大な悩みがあったのに違いない。

 そこへ、占いに飽きて、店内をウロウロしていた子どもたちが次々、いろんなことを要求してきた。

「おねーちゃん、お水」

「おねーちゃん、これで遊んでいい?」

「おねーちゃん、このメニュー書き直してあげる。

 高いよ。
 みっくすじゅーす」

「わたしも書くっ。
 みっくすじゅーす、わたし、漢字で書けるよっ」

 いや、ミックスジュース、漢字でどう書くんだっ?

 カタカナではっ?

「おねーちゃん、あのおじいさんがお水いるって」

 どのおじいさんっ!?
とあかりがその子が指差した店の隅を見たとき、穂月が叫んだ。

「背中を押してくださり、ありがとうございますっ。
 私、離婚しますっ」

「いやっ、押してないですっ。
 落ち着いてっ」
とあかりも叫ぶ。

 今、店内で穏やかに微笑んでいるのは、いつも同じ表情のあのおじいさん人形だけだった。

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