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ゼロどころか、マイナスからの出発

恐ろしい秘密

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「で、これがムーミンランドで。

 こっちが大学。

 そして、これがフィンランドのおうちです」
とあかりがスマホの写真を見せてくれる。

 白と水色で統一された落ち着いた内装の部屋だった。

 真っ白なソファに、ぽんと置かれたクッションも。

 壁にかけられているシンプルな絵もセンスがいい。

「これは、アパートか?」

「いえ。
 知り合いのうちを借りてたんです。

 中の家具とかも最初からついてたんで、すごく助かりました」

 青葉はその白いソファに座り、あかりを見上げている自分を想像する。

 それはリアルにあったことのような……

 ただの妄想のような、と思ったとき、あかりが道から撮ったらしい家の写真を見せてくれた。

 確かに一軒家のようだった。

 だが、それよりも気になることが……。

「この玄関扉、可愛いですよね。
 このランプ、あのランプなんですよ」
とあかりは後ろを指差したようだが、振り向けない。

 この扉……っ。

 真っ白の木の扉に金色のノブ。

 その横に、今、奥の水色の扉にかけてあるのと同じランプがかけてあった。

 ほんのり灯りのともったそのランプに照らし出された白い扉を見ていると、自分の中の扉が開きそうな気がした。

 記憶の扉だ。

 さっきまで、そこを開けて、笑顔のあかりが飛び出してくるのを切望していたのに。

 今、急いで、心の扉を閉めてしまった自分に気づいていた。

 ……なんなんだろうな。

 なにかよくない記憶がそこから、溢れ出してきそうな。

 そんな気がしていた――。



 うーむ。
 あかりの心の扉が開きかけているのに、こちらが急いで閉めてしまった。

 もしかして、俺が記憶をなくしたのは、事故のせいじゃなくて。

 なにか封印しておきたい記憶でもあったとか?

「木南さん、どうかしましたか?」

 そんな青葉の動揺に気づき、あかりが心配そうに訊いてくる。

「いや……」

 最初は黙っていようかと思ったが。

 こんなことで、せっかく近づいたあかりとの距離がまた開いてしまうのは嫌だな。

 そう思った青葉は覚悟を決め、訊いてみた。

「お前、フィンランドにいた頃、俺になにか秘密にしていたことはないか?」

「えっ?」

「なにか俺に恐ろしい秘密を隠していて、それで。
 それに気づいた俺は……」

 愛するあかりの秘密を見て見ぬフリするために、記憶を失ったとか――
と言おうとしたとき、あかりが言った。

「まさか。
 それに気づいた私が青葉さんを殺害したとかっ?」

「……俺、生きてるよな」

「……すみません。
 昼間、お客様が来ないとき、再放送の二時間サスペンスを見てるので」

 じゃあ、毎日、ずっと見てるんだな……。

「まあ、私みたいにずっと見てなくても。
 日本人には二時間サスペンス脳の人、多いと思うんですよね~」

「そんな脳みそ、捨ててしまえ。
 だが、まあ、そのあと、俺が事故にあったのは確かだな」

「すると、私の恐ろしい秘密を知った青葉さんを誰かが事故に――」

 あかりはまだ、二時間サスペンスの世界から抜け出せないようだった。

「待て。
 なんでお前が他人事ひとごとみたいに語ってるんだ。

 誰かが事故にって誰なんだ。

 その場合、俺を事故にあわせるのはお前だろう」

「……ですから、共犯者がいるのかもしれません」

 そう真面目な顔であかりは言う。

「何処に?」

「さあ?」

「……自分で言っておいてなんだが。
 そもそもお前に俺に隠しておかねばならない恐ろしい秘密なんてあるのか」

「青葉さんに隠しておかねばならない恐ろしい秘密……?」

 今の話の流れのせいで、現在の自分込みで、『青葉さん』と言われてる気がして、ちょっと嬉しかった。

 あかりが愛した青葉も自分だとあかりが認めてくれた気がしたからだ。

 だが、自分の中に流れ込もうとしている青葉の記憶は、得体が知れないもののように感じはじめていて。

 ちょっと怖くなってきてはいるのだが――。

「うーん。
 なにかありましたかね?」

「……ないのなら別にいいんだぞ」

「いや、待ってくださいっ。
 もしかしたら、あれかも……っ」
と、あかりは青ざめる。

「あれってなんだ?」

「……すみません。
 ご記憶にはないでしょうが。

 実は、ちょっと残っていたコンディショナーの容器にうっかりシャンプーを足してしまって。

 勝手にコンディショナー イン シャンプーになってたの、青葉さんに言うの忘れてました……」

「じゃあ、どっちもシャンプーで永遠にあわあわだったんじゃないか」

「怒られなかったので、気づかなかったのかなと思ったんですが」

「……付き合いたての可愛い盛りだから、少々のミスは見逃したか。

 俺が浮かれていて気づかなかったかだな。

 どのみち、殺されるかけるような秘密じゃないと思うが……」

「そうですね。
 あっ、いや、待ってくださいっ」
とあかりは手を突き出す。

「そういえば、二人でソファに座ってテレビを見てたとき。

 なんか外国の料理が出てて。
 青葉さんが美味しそうだなって言って。

 あ、私、これ、作ったことありますって、つい言っちゃったんですけど。

 よく考えたら、ゲームの中で作っただけでした。

 あとで気がついたんですけど。

 今度、食べてみたいな、お前が作ったやつって、青葉さんが素敵な笑顔で微笑んできたので、言えなくて……」

「……一週間しか一緒にいなかったのに、よくそれだけ、ボロボロしょうもない話が出てくるな。

 っていうか、そんな記憶ばかりなんだったら、別に思い出さなくてもいい気がしてきたぞ」

 お前のそんなしょうもないところは、今でも頻繁に見ている、とあかりに言った。

「いやいやいや、あれかもっ。
 それとも、あっちかもっ」
とあかりは悩みながら、突き出した手をぐるぐる回している。

「……待て。
 ありすぎじゃないか?

 お前の恐ろしい(?)秘密」


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