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ゼロどころか、マイナスからの出発

初めての恋なんだ

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 確かに相変わらずなんだが、この人。

 なにかこう、以前とは違う距離があって。

 その距離があるままなのに、キスとかしてくるから、混乱するではないですか、と思いながら、あかりはカウンター越しに青葉を見る。

 店のあちこちにあるランプの灯りに照らし出された青葉の整った顔は、好みではないが、綺麗だな、と思う。

 青葉は溜息をついて言った。

「まあ、俺の記憶はもう戻らないかもしれないが」

 うっ。

 ま、まあ、戻ったからって、前と同じ感じになるかはわからないですけどね。

 あなたも私も。

 時間が経ちすぎてるんで、と不安に思うあかりに青葉は言う。

「よくさ、記憶喪失のドラマなんかで。
 記憶はなくしたけど、もう一度、お前と恋に落ちられるから嬉しいとか言うじゃないか。

 俺は、そういうのめんどくさいなと思ってたんだ」

 だって、また一からなんだろ? と青葉は言う。

 この人、そういうところはドライだよな、と思ったのだが、青葉はカウンターの上に置いていたあかりの手の上におのれの手を重ねて言った。

「でも……今は思うよ。
 お前ともう一度、恋に落ちられるなら、死ぬほど嬉しいと。

 ……まあ、俺にとっては、最初の記憶がないから、初めての恋なんだが。

 そして、今度もお前が俺を好きになってくれるかはわからないんだが……」

 そう渋い顔で青葉は言う。

 そういう自信のない感じは確かに昔のままだな、と思って、ちょっと笑うと、青葉もそんなあかりの顔を見て笑ったので、なんだか照れてしまう。

 そのとき、スマホにメッセージが入った。

「来斗のご飯いらないの忘れて、来斗のも作っちゃった。
 あんた、食べに来ない?」

 母からだった。

 残飯処理係か、
 と思ったあとで、青葉を見る。

 いや、残飯処理に誘っては悪いのだが……。

「二人分ある?
 木南さんのも」
と入れてみた。

 すると、
「木南どっちっ!?」
と入ってくる。

 いや、寿々花さんなわけないじゃんと、苦笑いして、青葉さんだよと入れた。

 大丈夫だと入ってきたので、青葉を振り向き言う。

「あの、よかったら、うちの実家で食べませんか?
 日向もいるんで」
 

 二人は日向に後ろから飛びつかれ、ぐはっ、と声を上げたりしながら、並んで夕食を食べた。

 その背後では、日向がぬいぐるみに読み聞かせている。

「王子様は毒リンゴを持って来ました」

 その後、どうなった!?
と気になり、二人で振り返ったが、日向の創作童話はいつものように続きはなかった。

 そのあと、みんなで自動販売機のカタログを眺める。

 青葉が突然、
「俺は自販機にはいい思い出がある」
と言い出した。

「仕事で疲れてすさんだ冬。

 大晦日なのに呼び出されて働いたあと。

 一人暮らしの家に帰る前に、暗い夜道の自販機で、あったかい缶コーヒーを買ったら、

『よいお年をー』
 って言われたんだ」

 青葉はそうしみじみと語る。

「……しゃべる自販機にしますね。

 あ、そうだ。
 自販機といえば」
とあかりも語り出す。

「すごい暑い日に、自販機で缶コーヒー買ったら、ホットで。

 よく見たら、『あったか~い』って書いてあるのしかなかったんですよ。

 季節が微妙なときって、自販機の衣替えしてる人も困るんですかね?」

「なんだ、自販機の衣替えって……」

「そういえば、この間、自販機で珈琲を買おうとしたんですけど。

 お金入れても、戻ってきて。

 違う百円入れても、やっぱり戻ってきて。

 それで、隣の自販機に移動して入れてみたんですけど、戻ってきて。

 ついに五百円玉を投入したんですけど、それでも戻ってきたんですよ~。

 不思議ですよね」

「お前の財布の中の金、全部、ニセ金なんじゃないのか。
 日向にオモチャの金と入れ替えられてるとか。

 そして、自販機にいい思い出がないのに、何故、自販機好きなんだ……」

 そう青葉は呟いていた。
 

 そのあと、まだ青葉と遊びたい感じだった日向を、もう遅いからと寝かしつけた。

 寝かしつけている間、何故か、青葉が廊下から、ずっと眺めていた。

 ……どうせなら、入ってくればいいのに、と思うが、そこはやはり、遠慮があるのだろう。

  布団に、ふっくらしたほっぺをのせ、うとうとしていた日向が、はっと起きてきて、訴えてくる。

「おねーちゃんっ。
 ぼく、今、もうちょっとで寝そうだったよっ」

 いや……寝てください。

 青葉が廊下で笑っていた。


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