58 / 86
ゼロどころか、マイナスからの出発
初めての恋なんだ
しおりを挟む確かに相変わらずなんだが、この人。
なにかこう、以前とは違う距離があって。
その距離があるままなのに、キスとかしてくるから、混乱するではないですか、と思いながら、あかりはカウンター越しに青葉を見る。
店のあちこちにあるランプの灯りに照らし出された青葉の整った顔は、好みではないが、綺麗だな、と思う。
青葉は溜息をついて言った。
「まあ、俺の記憶はもう戻らないかもしれないが」
うっ。
ま、まあ、戻ったからって、前と同じ感じになるかはわからないですけどね。
あなたも私も。
時間が経ちすぎてるんで、と不安に思うあかりに青葉は言う。
「よくさ、記憶喪失のドラマなんかで。
記憶はなくしたけど、もう一度、お前と恋に落ちられるから嬉しいとか言うじゃないか。
俺は、そういうのめんどくさいなと思ってたんだ」
だって、また一からなんだろ? と青葉は言う。
この人、そういうところはドライだよな、と思ったのだが、青葉はカウンターの上に置いていたあかりの手の上におのれの手を重ねて言った。
「でも……今は思うよ。
お前ともう一度、恋に落ちられるなら、死ぬほど嬉しいと。
……まあ、俺にとっては、最初の記憶がないから、初めての恋なんだが。
そして、今度もお前が俺を好きになってくれるかはわからないんだが……」
そう渋い顔で青葉は言う。
そういう自信のない感じは確かに昔のままだな、と思って、ちょっと笑うと、青葉もそんなあかりの顔を見て笑ったので、なんだか照れてしまう。
そのとき、スマホにメッセージが入った。
「来斗のご飯いらないの忘れて、来斗のも作っちゃった。
あんた、食べに来ない?」
母からだった。
残飯処理係か、
と思ったあとで、青葉を見る。
いや、残飯処理に誘っては悪いのだが……。
「二人分ある?
木南さんのも」
と入れてみた。
すると、
「木南どっちっ!?」
と入ってくる。
いや、寿々花さんなわけないじゃんと、苦笑いして、青葉さんだよと入れた。
大丈夫だと入ってきたので、青葉を振り向き言う。
「あの、よかったら、うちの実家で食べませんか?
日向もいるんで」
二人は日向に後ろから飛びつかれ、ぐはっ、と声を上げたりしながら、並んで夕食を食べた。
その背後では、日向がぬいぐるみに読み聞かせている。
「王子様は毒リンゴを持って来ました」
その後、どうなった!?
と気になり、二人で振り返ったが、日向の創作童話はいつものように続きはなかった。
そのあと、みんなで自動販売機のカタログを眺める。
青葉が突然、
「俺は自販機にはいい思い出がある」
と言い出した。
「仕事で疲れて荒んだ冬。
大晦日なのに呼び出されて働いたあと。
一人暮らしの家に帰る前に、暗い夜道の自販機で、あったかい缶コーヒーを買ったら、
『よいお年をー』
って言われたんだ」
青葉はそうしみじみと語る。
「……しゃべる自販機にしますね。
あ、そうだ。
自販機といえば」
とあかりも語り出す。
「すごい暑い日に、自販機で缶コーヒー買ったら、ホットで。
よく見たら、『あったか~い』って書いてあるのしかなかったんですよ。
季節が微妙なときって、自販機の衣替えしてる人も困るんですかね?」
「なんだ、自販機の衣替えって……」
「そういえば、この間、自販機で珈琲を買おうとしたんですけど。
お金入れても、戻ってきて。
違う百円入れても、やっぱり戻ってきて。
それで、隣の自販機に移動して入れてみたんですけど、戻ってきて。
ついに五百円玉を投入したんですけど、それでも戻ってきたんですよ~。
不思議ですよね」
「お前の財布の中の金、全部、ニセ金なんじゃないのか。
日向にオモチャの金と入れ替えられてるとか。
そして、自販機にいい思い出がないのに、何故、自販機好きなんだ……」
そう青葉は呟いていた。
そのあと、まだ青葉と遊びたい感じだった日向を、もう遅いからと寝かしつけた。
寝かしつけている間、何故か、青葉が廊下から、ずっと眺めていた。
……どうせなら、入ってくればいいのに、と思うが、そこはやはり、遠慮があるのだろう。
布団に、ふっくらしたほっぺをのせ、うとうとしていた日向が、はっと起きてきて、訴えてくる。
「おねーちゃんっ。
ぼく、今、もうちょっとで寝そうだったよっ」
いや……寝てください。
青葉が廊下で笑っていた。
0
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
お前を誰にも渡さない〜俺様御曹司の独占欲
ラヴ KAZU
恋愛
「ごめんねチビちゃん、ママを許してあなたにパパはいないの」
現在妊娠三ヶ月、一夜の過ちで妊娠してしまった
雨宮 雫(あめみや しずく)四十二歳 独身
「俺の婚約者になってくれ今日からその子は俺の子供な」
私の目の前に現れた彼の突然の申し出
冴木 峻(さえき しゅん)三十歳 独身
突然始まった契約生活、愛の無い婚約者のはずが
彼の独占欲はエスカレートしていく
冴木コーポレーション御曹司の彼には秘密があり
そしてどうしても手に入らないものがあった、それは・・・
雨宮雫はある男性と一夜を共にし、その場を逃げ出した、暫くして妊娠に気づく。
そんなある日雫の前に冴木コーポレーション御曹司、冴木峻が現れ、「俺の婚約者になってくれ、今日からその子は俺の子供な」突然の申し出に困惑する雫。
だが仕事も無い妊婦の雫にとってありがたい申し出に契約婚約者を引き受ける事になった。
愛の無い生活のはずが峻の独占欲はエスカレートしていく。そんな彼には実は秘密があった。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
【完】あなたから、目が離せない。
ツチノカヲリ
恋愛
入社して3年目、デザイン設計会社で膨大な仕事に追われる金目杏里(かなめあんり)は今日も徹夜で図面を引いていた。共に徹夜で仕事をしていた現場監理の松山一成(まつやまひとなり)は、12歳年上の頼れる男性。直属の上司ではないが金目の入社当時からとても世話になっている。お互い「人として」の好感は持っているものの、あくまで普通の会社の仲間、という間柄だった。ところがある夏、金目の30歳の誕生日をきっかけに、だんだんと二人の距離が縮まってきて、、、。
・全18話、エピソードによってヒーローとヒロインの視点で書かれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる