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ゼロどころか、マイナスからの出発
つれないじゃないか
しおりを挟む朝、あかりが仕事に行くと、大吾が店の前に立っていた。
「どうしたんですか?」
と訊くと、
「いや、ちょっと忙しくて来れなかったから。
仕事の前に顔を見に来た」
と言う。
そ、そうなのですか……。
どうしたらいいのかわからず、そうですか、すみません、とよくわからないことを言って、あかりは頭を下げる。
「顔見たら、満足したんで、じゃ」
と大吾は帰っていった。
昼過ぎ。
あ、お昼食べなきゃ、と顔を上げたあかりは、窓から、こちらを覗いている人影があるのに気がついた。
ひっ、と固まったが、それは青葉だった。
外に出ながら、
「どうしたんですか。
警察に通報しようかと思いましたよ」
と言うと、
「……何故、いきなり通報する」
と言ったあとで、
「いや、忙しかったんで。
中に入らず顔だけ見て帰ろうかと」
と青葉は言う。
そういえば、会社の車が駐車場にとまっているし、運転手さんまで乗っている。
運転手さんは、こちらに、ぺこりと頭を下げかけて、おや? という顔をした。
あかりは、ぺこぺこと頭を下げながら、
「急いでいるのなら早く戻った方がいいですよ」
と青葉に言う。
「つれないな……」
「いえいえ、遅れて職場に戻ったら、誰かに叱られるかもしれないじゃないですか」
「俺が社内の誰に叱られると言うんだ」
「そういう王様みたいな態度はいけないと思いますが」
でも、まあ、社長叱る人いないかな、と思ったとき、青葉が言った。
「そうか。
じゃあ、今度から来斗に叱るように言うよ。
……横で聞いてた竜崎が、では、とか言って、いっしょに叱ってきそうだが」
「竜崎さんて面白い方なんですね」
と笑った途端、
「あいつに興味を持つなーっ」
と怒られる。
竜崎さんって一体、どんな人なんだろうな……。
ある意味、興味がわきましたが、と思ったとき、青葉が、まあいい、と言った。
「お前の顔見たら、なんかもやもや落ち着かない気持ちだったのが消えた」
じゃあな、と青葉は帰っていった。
「すまない。
寄り道させて」
青葉はよく冷えた車に乗り込み、運転手にそう謝った。
最近、車両部に入ってきた、そこそこ若い運転手だが、腕はいいらしい。
まあ、この人だったら、いろいろ避けても、植え込みには突っ込まないかな、という感じだった。
運転手は、いえ、と微笑み、車をスタートさせようとしたが、まだ見送っているあかりに頭を下げ、うーん、という顔をする。
「どうかしたのか?」
「いえ、それが、あのお嬢さん、何処かでお見かけしたことがある気がして。
私、記憶力はいいんですけど。
何処で見たんでしょうね?」
……あかりを何処で見たんだろうな。
振り返ってあかりの姿を確認しながら、青葉は、
まあ、あれだけの美人だから、誰の記憶にも残るよな、
と真希絵と来斗に、いやいや、それ、単にあなたの好みですよ、と手を振られそうなことを思う。
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