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運命が連れ去られました

呪文を教えて

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 やっぱり閉まってるな。

 そう確認しながらも、青葉はあかりの店の駐車場に車を乗り入れた。

 植え込みの工事はもうはじまっている。

 いないってわかっているのに、なんで来てしまったんだろうな……。

 青葉は、ぼんやり真っ暗な店の中を見ていた。

 ランプのひとつも灯していればいいのに。

 暗闇で見るランプの暖かい灯りは、人をホッとさせる。

 通りかかった人にいい宣伝になるのにな。

 ま、電気式のじゃないと火事が怖いが……。

 そんなことを思いながら、青葉は街の灯りを頼りに店内を覗いてみる。

 奥の方に、あの立てかけてあるだけの蒼い扉が見えた。

 その横にかけてあるランプに、今、光は灯っていない。

 だが、青葉は、そのランプに火が入っているように見えた。

 まぼろしの中で揺らめく光をじっと見つめていると、その蒼い扉を開けて、あかりが飛び出してきそうな気がする。

 今まで一度も見たこともないような笑顔で――。

 ……なんでだろうな、と思ったそのとき、

 何処からともかく、キコキコ、キコキコ……と三輪車を漕いでいるような音が聞こえてきた。

 振り返ると、暗がりの方からそれは聞こえてくる。

 川の側のあまり明かりのない細い道の方からだ。

 こんな時間に三輪車!?

 その音はだんだんこちらに近いてきていた。

 ホラーッ!
と思ったとき、幾夫に三輪車の後ろの手押し棒をつかまれた日向が現れた。

「ああ、青葉く……

 青葉さん」
と言う幾夫に何故か緊張する。

 どうも、こんばんは、と頭を下げたあとで、
「店、今日はもう閉まってたんですね」
と言い訳のように青葉は言った。

 開いてもいない店の前に立って、ぼんやりしてるなんて、何事かと思われそうだったからだ。

 すみません、と幾夫が謝ってくれる。

「いや~、どうせそんなに客来ないからとか言って、閉める時間、まちまちみたいなんですよね」

 そういえば、店の看板にも何時までとか書いてないな……と青葉は気がついた。

「いえいえ、ちょっと寄っただけなんで。
 植え込みの工事はじまったんですね、よかったです」
と言いながら、内心、工事が終わったら、あの植え込み見て俺を思い出すこともなくなるよな。

 そのまま忘れ去られてしまうのでは? と怯えていた。

「いやー、今日は日向が全然眠くならないみたいだから、ちょっと外に連れて出たんですよ。

 家内もその間に用事できるから。

 いつもはあかりが見ててくれるんですけどねえ」

 そんな幾夫の言葉に被せるように、日向がキラキラした目で言ってくる。

「おにーちゃん、おにーちゃん。
 おにーちゃんは魔法の呪文知ってるんだよね?

 おねーちゃんが言ってたよ。
 呪文教えて」

 なに適当なこと言ってんだ、あいつーっ、と思いながらも、この期待に満ちた視線は裏切れない。

 青葉はその場にしゃがみ、日向と目線を合わせて言った。

「ナクヨ、ウグイス、ヘイアンキョ~ッ。
 なんか、いいようにな~れ~」

 適当な呪文を唱える自分を幾夫が苦笑いして見下ろしていた。


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