ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ

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運命は植え込みに突っ込んでくる

イケメンが突っ込んできました

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 例えばお風呂場の窓を掃除をしたあと。

 透明感ある窓から差し込む朝の光がすごく眩しくて、とても綺麗だ。

 珍しく早起きして散歩したときの、公園の朝の木漏れ日なんかもすごくいい。

 朝の光を浴びると活力が湧いてくる気がするけど。

 でも、こうして日が暮れて行くときの、あちこちの家に明かりが灯っていく感じが一番好きだ。

 だからこの店をやっている――。
 

「すみません。
 包み直してもらっちゃって」

 帰ろうとした瞬間にドアにぶつけて包みが破れた商品をあかりが包み直していると、おじさんは、そう言い、ペコペコ謝ってきた。

「いえいえ、いいんですよ。
 お気になさらずに」

 ――このランプのお店を始めてからの私の口癖は、
『いえいえ、いいんですよ。
 お気になさらずに』だ。

 まだペコペコしているおじさんを外まで出て、見送りながら、あかりは思う。

 お店のお客さんたちは、今のところ、いい人たちばっかりだ。

 この近くの商売繁盛なお稲荷さんにお参りしているから、ご利益があるのだろうか?

 それとも、昔、とんでもないことがあったから、その埋め合わせにいいことばっかり起こるとか――?

 店に入ったあかりは、天井からたくさん下がっているモザイクガラスのランプのスイッチを入れた。

 青やオレンジや緑の光が店内に広がる。

 キラキラした温かい光が白い天井や壁に映るのを眺めながら、

 あー、今日もいい一日だった――

 そう思った瞬間、すごい音がして、店の前の植え込みに車が突っ込んできた。

 車からは長身でスーツ姿の男が降りてきた。

 振り返り、道の方を見たあとで、こちらを見る。

 ぼんやり彼を見ていたあかりのところにガラス扉を開け、彼はやってきた。

「すみません。
 お怪我はありませんか。

 すぐに弁償いたします」

 そう言う彼に、あかりはつい癖で言おうとした。

「いえいえ、いいんですよ。
 お気に……」

 そのとき、お店を作るとき、悩みに悩んで決めた植え込みの低木がぐちゃぐちゃになっているのを見た。

「……お気になさってください」

「……はい、すみません」
と青ざめた顔で、その若い男は言った。
 

「それでさー。
 すぐに直してもらえることになったんだけど、ビックリしたよー」

 実家で晩ごはんを食べながら、鞠宮まりみやあかりは言った。

 今日は、あかりの好きなチーズ イン ハンバーグだ。

 みんなはもうごはんを食べていたので、同じく遅く帰ってきた弟の来斗らいとと二人で食卓に着いていた。

 二歳になる、年の離れた弟、日向ひゅうがはあかりの父、幾夫いくおの膝でテレビを見ている。

「ちゃんと相手の名刺とかもらったか?」
と来斗が訊いてきた。

「うん、大丈夫」
「見せてみろよ」

「いやいや、大丈夫。
 こう見えて、おねえちゃん、しっかりしてるから」

「……なにもしっかりしてないと思うが」

 来斗はそこで、風呂上がりでほこほこの日向を振り向き、
「日向、おねえちゃん、しっかりしてないよな?」
と訊く。

 うんっ、とパジャマ姿の日向は元気に頷いたが。

 単にテレビに集中しているので、適当に頷いたと信じたい。

「食べたらさっさとかえりなさいよ、あかり。
 ……早く帰らないと、何処で誰が見てるかわからないから」

 母、真希絵まきえはキッチンの小さな窓から外を窺いながら言う。

 いや、何処から……?

 誰が……?
と思いながらも、あかりにも、母の恐怖の源がなんなのか、想像ついていたので、おとなしく帰ることにした。

 茶碗を食洗機に入れたあと、あかりはテレビに夢中な日向の許に行き、その手を、ぎゅっと握った。

「日向、おねえちゃん、また来るね」

 ちんまい手、愛らしいっ。

「うんっ」

 日向はテレビで録画してあった戦隊モノを見ながら頷く。

「おねえちゃん、もう帰るけど、元気でね」

「うん、ばいばーい」
 日向は、こちらを見ないまま、笑顔だ。

 しょんぼり帰ろうとしたとき、突然、日向がこちらを向いて、
「おねーちゃん、ばいばーい。
 また来てねー」
とガチャガチャのオモチャをつかんだまま手を振った。

「ま、また来るねっ」
とあかりは勢い込んで言ったが。

 単にCMになったので、ようやくこの姉のことを思い出し、振り向いただけのようだった。

 CMを飛ばさずにいてくれたのは、父の思いやりか。

 すぐにCMが終わったので、日向はまたテレビを見はじめた。

 ――ああ、もうちょっと日向と話したかった。

 でも、約束だもんな、と思いながら、あかりは玄関で靴を履く。

「あんた、これ、持って帰りなさい」

 真希絵が紙袋を渡してくる。

 おかずの詰まったタッパーがたくさん入っていた。

「ありがとう、お母さん」

「どうせ料理なんてしないんだろうから」

 そう真希絵が言ったとき、日向が走り出てきた。

「おねーちゃん、また来てねー」

「日向っ。
 また来……」

 るね、と言い終わらないうちに戻っていってしまう。

 日向の意志で見送りに来てくれたのか。

 父が行けと言ったのか、謎だが。

 まあいいや、と思いながら、あかりは実家を出た。

 家の前の暗い夜道で振り返り、実家に灯る灯りを見る。
 

「あかりさん、条件があるわ。
 あなたのおうちで、日向を育てていいけど。

 あなたは家を出て。
 日向とはあまり接触しないで欲しいの。

 あなたみたいになったら困りますからね」

 そんなあの人の言葉を思い出す。

 まあ……実家にくれば、ちょっとでも会えるし。

 引き離されるよりはいいか――。

 そんなことを思いながら、あかりは夜空を見上げた。

 日向は年の離れた弟ということになっているが。

 ほんとうはあかりの息子だった。

 今日も可愛かったな、日向。

 あかりはテレビを見ているところを隠し撮りした日向の写真をスマホで見ながら、ふふふ、と笑う。

 あかりのスマホの写真はこのところ、日向とランプとお気に入りのミュージカル俳優の話題が出ているサイトのスクリーンショットでいっぱいだった。

 ああ、あと、今日の事故現場……。

 車で突っ込んできたイケメンが、無惨な植え込みを指差し、保険会社に説明しているところを撮っていた。

 あとで揉め事が起きないように、植え込みの現状をそちらでも記録しておいてくれと言われたからだ。

 その写真を少し眺め、もう一度、日向を見て、気分を直し。
 あかりはスマホを閉じた。

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