雨屋敷の犯罪 ~終わらない百物語を~

菱沼あゆ

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終わらない百物語を――

アリバイ

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「いやあ、あの人、生き運のある人みたいで。
 そして、ちょっとマヌケなんで、もしかしたら、気づいてなかったのかもしれないですね。

 この屋敷に生き霊として出て来ているとき、整形前の顔で出ていることに」

 着物だけ別人を装ってもね、と彩乃は言った。
 
「ちょっと確信なかったんですが。
 谷本さんに見えたことといい、……やっぱり、それが真実なんでしょうね」
と少し寂しく呟くと、嵩人が、はっとした顔をしていた。

 峻が納戸を振り向き、言う。

「ちづるさんは生きている?
 じゃあ、この納戸には一体、なにが……」

 そう言いかけて、峻は言葉を止めた。

 峻は思っていたようだ。
 子どもの頃の自分は、賢吾がちづるを殺すところを見てしまい、口止めされたのだと。

 それはそうかもしれないし。
 違うかもしれない。

 ともかく、ちづるは助かって。

 今は別の場所に居る。
 まったく別の人間として。

 そのことの意味が、今、峻にもわかったようだった。

 そして、この雨屋敷最大の怨霊の正体が誰なのかも――。

「床はがして、掘ってみたらわかるんじゃないか?」
と納戸を見ながら清水は言ったが。

「死体自体は此処にはないと思いますね。
 此処に居るのは、ただの怨霊。

 孫やひ孫の行く末を心配したナツ様たちに封じ込められていた哀れな怨霊です」

 そう彩乃は言った。

 この納戸からはずっとカリカリと音がしている。

 この中から這い出してこようとしている音なのか。
 殺されるときに、抵抗して出していた音なのか。

「俺が此処で遭遇したときには、そういえば、あのカリカリという音はしていなかった気がするな」
と峻は言う。

 ちづるは恐らく、賢吾にも暁人にも抵抗はしなかっただろう。
 それが彼らを愛した自分の運命だと諦めて。

 そこで、彩乃は振り向き訊いた。

「ところで、聡さん、成仏しないんですか?」

 あの文庫本を持ったまま、久しぶりに外に出た聡は、ぼんやり、そこに突っ立っていた。

「しないねえ……?」

 困ったように彼はこちらを見る。

 しばらく黙って、見つめ合っていたが。 
 やがて、自分が消えないことに困った聡は、いつものように褪せた文庫本を手にトイレへと戻っていった。
 
 

 清水たちが帰ったあと、彩乃が階段を上がっていくと、ほっとしたように、
「落ちるぞ……」
と階段の霊が言ってきた。

「ありがとう」
と彩乃は微笑む。

 ベッドに腰掛け、ポケットから小さな手鏡を取り出した。

 そこに映った自分の顔の横に、もうナツの姿はない。

 同じくポケットに入れていた紅い口紅を出し、引いてみる。
 そうすると、人が言うように、確かに母に似て見えた。
 
 そのとき、ノックもなしに、戸が開いた。
 鏡に映った人影を見、彩乃は笑う。

「今日は本体なの?」

「どういう意味だ?」
と嵩人は訊いてくる。

「谷本さんが証言してくれたじゃない。
 貴方のアリバイ。

 貴方の生霊が此処に入ってくるところを谷本さんは見ていたの。
 いや、いつも入り口から引き返してたんだけどね……」
と彩乃は笑う。

 そんなこと誰にも言えないと谷本は口を閉ざしていたが、夜這いされているはずの彩乃本人が訊いたのでしゃべったのだ。

「……今日は引き返さない」
 そう嵩人は言った。

「本体なのに?」
 ああ、と嵩人は言う。

「兄妹かもしれないってわかったのに?」

 ああ、とやはり、嵩人は言った。
 嵩人はそっと彩乃に口づけてきた。

 長い間想い続けてきた二人の初めての口づけだった。

「ずっと……好きで居るのって、きっと難しいことなのね」

 ちづるは暁人を愛し続けることはできず。
 また、聡を愛し続けることもできなかった。

 自分で殺そうとしておいて、引き返し、助けに来た暁人を。

 すべてを知りとがめた妻をあの納戸で殺した暁人を見捨てることもできずに。

 ちづるは顔を変え、瑞子みずことなって生きている。暁人の側で。

 だから私は貴方とは、もう居られない。

 そう思うのは、私たちが兄妹だからなのか。
 私の母のせいで、嵩人の母が殺されたからなのか。

 それとも、この愛も永遠には続かないと思っているからなのか――。

 さよなら、嵩人。
 そう言うまでもなく、貴方は明日にはきっと、この雨屋敷を出ていくのだろうけれど。

 

 
「全部終わったぞ」
 嵩人は障子に寄りかかるようにして立ち、眠らず半身を起こしたままの祖父に呼びかけた。

「あんたすべてを知っていたんだな」
 夜明け前の薄明かりの中、壮吉は言う。

「済まんな、嵩人。
 しかし、今更死んで詫びることもできんしの」

「その気もないくせに」
 そう呟いて、嵩人は眩しくなってきた障子の向こうを見る。

「まったく……。
 此処の霊は、夜が明けても消えないのが困りものだな」

 嵩人は小さく笑ったあとで、少し、溜息を漏らした。



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