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第三の殺人

この屋敷に探偵はいらない

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「とっくの昔に絶望していたはずなのに。
 何故、小野田さんはまだ生きていたんでしょうか」

 そう彩乃は玲子に言った。

「私、小野田さんは、貴女を見ていたかったんじゃないかと思うんです。

 ずっと自分の子どもかもしれないと思って見つめてきた貴女は、違うとわかってからも、小野田さんにとっては、我が子も同然だった。

 真実がわかっても、貴女に罪はないし。

 貴女を愛し、見守ってきた日々は消えませんからね。

 せめて、数日、貴女をその目に焼きつけて、それから死のう。

 そう小野田さんは思われていたんじゃないかと思うんです。

 小野田さんにとって、貴女は最後まで愛しい我が子だったんですよ、きっと」

 玲子が唇を噛み締める。

「……峻、ごめんなさい」
と彩乃の側に居る、同じく霊体である彼に向かい、玲子は謝った。

「その鑑定書を屋上で見てたとき、たまたまやってきた貴方に見られたと思ったの」

 思わず突き飛ばしていた、と玲子は言う。

「貴方は、しゃべらないでと言えば、墓場まで秘密を抱えていってくれそうな人なのに。
 私、冷静な判断力もなくなっていたのね。

 死ななくてよかったわ、峻。
 私はもう死ぬみたいだけどね」

 そう玲子は言ったが、救急車の音は近づいてきているし、身体もまだ辛うじて息があるようだった。

 峻と違い、かなり死霊に近い状態ではあるようだったが。

「きっと助かりますよ」

 根拠はないながらも、彩乃はそう言った。

 なんだかそんな予感がしたからだ。

 融や緋沙実や、小野田の想いが、玲子の命をこの現世に留めてくれるような、そんな気がしていた。

 だが、玲子は家家の合間に見えはじめた救急車の赤い光を見ながら呟くように言う。

「助けないでよ」

「なんでですか」

「なんかもう……、いろいろと終わりにしたいからよ」

「死んでも終わりになんてなりませんよ。
 特にこの雨屋敷では。

 ご存知でしょう?」

 彩乃のいつも通りの淡々とした口調に、玲子はちょっとだけ笑い、

「……そうね」
と小さく言った。



 玲子は救急隊員にストレッチャーで運ばれて行き、病院には香奈がついていくことになった。

 彩乃たちは彼らが行ったのとは反対側の、いつもの階段を使って下りる。

 嵩人が後ろから訊いてきた。

「さっきお前が言った話、ほんとうなのか?
 小野田さんが玲子さんを見ていたくて、死ぬのを留まっていたって」

「さあね。
 でも、小野田さんには、そう言ってもらうわ。

 真実がそうであっても、そうじゃなくても」

 玲子さんの心を救うために、と彩乃は言った。

「だって、そういうときのために、此処では霊が喋れるのかもしれないじゃない」

 生きている人間の心を救うために。

 それか、あるいは……

 その心を絶望の淵に突き落とし、がんじがらめにするために――。

 あの百物語の夜。
 自分の横に座っていた女を思い出していたとき、嵩人が言ってきた。

「そういえば、なんで小野田は死体を納戸に隠したままにしてたんだろうな?

 人や霊が多いから、移動できなかったのか。
 すぐに死ぬから見つかってもいいと思っていたのか」

「見つかってもいいから放置してたが正解かな?

 だって、死体を移動してる途中で見つかりそうになっても、この屋敷なら、その場に放って逃げてもよさそうだしね」

 いや、なんでだ、と嵩人が言う。

「だって、死体がそこ此処に転がっていても、誰も驚かないでしょう?」

「霊と死体は違うと思うが……」

「小野田さんがなにを思って死んだのか。
 なにを思って数日生きていたのか。

 私たちに正解はわからないけど。

 いつか、小野田さんに訊けばいいわよね。
 そのうち、落ち着いた状態で出てくるわよ」
と呑気に言う彩乃に、

「……全部霊に訊けば済むのなら、この屋敷に探偵、いらなくないか?」
と嵩人が言ってくる。

「そもそも探偵居ないじゃない。
 何処に居るのよ」

「探偵もどきが居るだろうが、此処に……」
と呟く嵩人の後ろを彩乃はチラと見た。

 峻は先程からずっと、なにかを考えているようだった。

 二階から一階に下りるところに差し掛かったとき、階段の霊が彩乃に言ってきた。

「落ちるぞ」

「落ちません」

 次に来た嵩人にも霊は言う。

「落ちるぞ」

「落ちない」

 律儀な霊は同じ霊である峻にも言った。

「落ちるぞ」

「もう落ちた」
と峻が返す。

 みんな、ちょっとだけ笑ってしまった。





 ……いけないよ。


 決して、言ってはいけないよ、峻――。




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