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第三の殺人

小野田の真実

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「あの封筒。
 鑑定書だったんじゃないかしら?」

 そう峻に向かい、彩乃は言った。

「鑑定書って……。
 まさか、DNA鑑定か」

「玲子さん、自分で調べられるわよね?
 確かそういう仕事してたでしょう?」

「緋沙実と小野田が昔から浮気していたことを知り。
 自分が小野田の子どもじゃないかと疑った玲子さんが確かめようとしたとか?

 じゃあ、鑑定書が二通だったのは、学さんと玲子さんの分なのか」

 そう峻は言ったが、
「……いや。
 違うんじゃない?」
と少し考えながら彩乃は言った。

「それだと、その鑑定書のせいで、なにかが起きる感じがしないもの。

 学さんと玲子さんが小野田さんの子どもでも、そうじゃなくても。
 小野田さんにとっては、どちらの事態も想定済みのことよね?

 緋沙実さんには、融おじさまという夫が居るわけだから。

 だから……

 あの二通は恐らく、二通とも、玲子さんに関する鑑定書」

「二通とも?」
と峻が訊き返してくる。

 彩乃は指折り、数えながら言った。

「一通は、小野田さんと玲子さんが親子かどうか。

 そして、もう一通は……

 おそらく、融おじさまと玲子さんが親子かどうかよ」

 ということは……と言いかけ、峻はその先の言葉を呑み込む。

「そう。
 玲子さんは小野田さんの子どもではなく、融おじさまの子どもですらなかったのよ」




「調べなきゃよかったわ」

 風の強い屋上で、自分の本体を見下ろしながら、玲子が言うのを嵩人は訊いていた。

「私はお母さんと小野田さんのことは知っていた。
 お父さんが死んで随分経つのに、なんで再婚しないのかな、くらいに思ってた。

 お父さんが生きている間にも二人が付き合っていたとしても。
 お父さんは結局はちづるさんが忘れられなかったわけだし。
 しょうがないかと思ってた。

 でもお母さんはきっと……

 ずっとお父さんが好きだったのね」

 そう玲子は言った。

「だから、再婚しなかったし。
 小野田さんにも本気じゃなかった。

 夫は自分を大事にしてくれないけど、小野田さんは大事にしてくれるから、彼にすがっていただけ。

 だから……、

 お母さんは、小野田さんじゃなくてもよかった。

 大事にしてくれるのなら、誰でもよかったのよ」

 調べるんじゃなかった……。

 そう言い、玲子は涙を落とした。

「私は……小野田さんの子どもでないどころか。
 お父さんの子ですらなかった。

 どうしてもと小野田さんが知りたがったから。

 お父さんにお母さんの浮気の現場を見せられるまでもなく、小野田さんは、お母さんの浮気を疑っていたみたいなの。

 だから、せめて、私が娘ならいいと……」

 せめて愛した人と自分の間に、かつて愛があった証拠として、子どもが存在していてくれればと小野田は願ったようだった。

「でも、その鑑定結果は、決定的な浮気の現場を見せられた直後の、小野田さんの心を打ち砕いた」
と玲子は後悔の涙を流す。

「せめて、私がお父さんの子どもだったら。
 小野田さんは、お母さんが昔から小野田さんを裏切っていたことを知り、お母さんを殺してしまった。

 小野田さんが自殺したのも私のせいよ」

「でも、小野田さん、お母さん殺しても、二、三日生きてましたよね」

 そんな声がして、嵩人は振り向く。

 彩乃と峻が立っていた。

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