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第三の殺人
その人、失踪中なんで
しおりを挟む外はもうすっかり日が落ちていた。
清水は中庭の紫陽花の側で吸おうとしたようなのだが。
近くに居る女性の霊に気づき、移動しようとしたようだった。
だが、彩乃に気づいて、振り向く。
「いや、なんで付いてくる。
それじゃ、中で吸っても同じことだったろうがよ」
「いえいえ。いろいろ考えごとしてまして。
さっきまで清水さんの顔を見ながら考えていたので、その状況を変えたくなかったんです」
思考が途切れてしまいそうだったので、と彩乃は言った。
雨屋敷の空は今日も薄曇りだ。
星もよく見えない。
「清水さん、やさしいんですね。
消えかけた霊に遠慮して、吸う場所変えるとか」
「無表情で、やさしいんですねとか言われてもよ……」
と言う清水に、更に無表情なまま、彩乃は、ぼそりと言った。
「いっそ、清水さんが私のお父さんだったらよかったのに」
「……厄介ごとを呼び込むようなこと言うなよ」
「だって、清水さん、松子さん絡みで、昔から雨屋敷に出入りしてたんでしょう?」
「そんなには来てない。
中まで入ったのは松子の事件のあとだ。
だから、お前の母親のことなんかはほとんど知らん。
母親、何処へ消えたんだ?」
「わかりません。失踪中です。
だから、荘吉おじいさまも私を可哀想に思って、此処に置いてくださってるんですよ」
「荘吉じいさんか。
顔は穏やかだが、ありゃあ食えないジジイだな」
「そうですね。
今回の一連の殺人事件の黒幕はおじいさまでしょう」
おじいさまの遺言ですよ、と彩乃は言った。
「だが、直接手を下したわけじゃない。
ジイさんが犯人で終わりにはできない。
死んでるしな。
ってか、やっぱり、恐ろしいジジイだな。
自分の死後も遺書ひとつでみんなを操ってやがる」
彩乃は目を伏せ、
「次朗おじさまの事件のとき、言いましたけど。
この屋敷も今は見えない人が多いんです。
霊は減っていないのに。
なので、荘吉おじいさまのお言葉はほとんど私が伝えています。
だから、おじいさまが見えない人からすれば、私がみんなを操っているように見えてしまうかもしれないですね」
「そういや、首藤緋沙実もそんなこと言ってたな」
と言いながら、清水は結局、タバコは吸わずにポケットに突っ込んでいた。
「緋沙実の死亡時刻はもちろん、みんな寝ててアリバイはない。
ああ、首藤嵩人だけは別だが」
「嵩人にアリバイがあるんですか?
あんな時間にある方が不自然ですよね。
嵩人が犯人なんじゃないですか?」
と言って、おいおい、薄情な恋人だなと言われる。
「……嵩人と私は付き合ってはいませんよ」
曇天の下の紫陽花を見ながら、彩乃は言った。
「傍から見てたら、そのように見えるけどな。
ま、向こうが政略結婚するのに、あんただけあいつを思っててもな」
彩乃は少し考え、
「私、ちょっと行ってきます。
好きなだけ此処で吸っててください、清水さん」
と言って、中庭を出ていった。
「気を使ってんだが、使ってないんだか、わからん嬢ちゃんだな」
と清水が呟いているのが聞こえてきた。
振り向くと、紫陽花から少し離れた場所に、清水がつけた煙草の火が蛍のように浮かんでいるのが見えた。
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