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第二の殺人

騙されないでくださいよ、谷本さん

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 心中じゃなかったのなら、なんで一緒に死んでたんだろうな。

 そう思いながら、彩乃は表の池の側にしゃがんで、いささか育ちすぎた感のある鯉を眺めていた。

 指でも出そうものなら、食らいつかれそうだ。

 ……うーん。
 誰かが、二人を心中に見せかけて殺したとか?

 失礼だが、ギャンブルに女性問題にと、放蕩ほうとうの限りを尽くしていた融おじさまが殺されるのはわかるけど。

 何故、品行方正な松子さんがおじさまと一緒に? と思ったとき、谷本が、
「彩乃さん」
とやってきた。

 振り返り、
「緋沙実さんなら居ませんよ」
と言うと、

「言ってないじゃないですか、なにも~」
と言ったあとで、谷本は、

「っていうか、首藤緋沙実の霊が居たところで、警察が被害者の霊に犯人聞きました、とは言えませんからね」
と頭を掻きながら言ってくる。

「いいじゃないですか。
 とりあえず、知っとけば。

 それから証拠を探せばいいんです」
と言いながら、彩乃は立ち上がり、スカートをはたいた。

「いや~、でもなんか、それって、攻略本を見ながらやるゲームみたいになりますよね」
と言う谷本に、彩乃は、いけないんですか、それ、と思いながら、ぼそりと言った。

「ああでも、攻略本と違うところがひとつありますよ。
 霊は攻略本と違って嘘をつくんですよね」



 やれやれ。
 この屋敷で事件が起こると、霊にまで聞き込みしないといけない感じだから、大変だなあ、と谷本が思っていると、また、あの着物姿の美女に会った。

 渡り廊下に立って、母屋の方を見ている。

「あ、こ、こんにちは。
 あの、今度は首藤緋沙実さんが亡くなられたので、少しお話を」

「そうなの?
 でも、私に答えられることはあまりないと思うわ。

 だって、私、生き霊だから」
と彼女は笑う。

 私、生き霊だからって、自分で言う人、初めてだな、と谷本は思っていた。

 生き霊って、玲子さんみたいに、自覚もなく飛ばすものかと思ってた、と思ったとき、彼女の近くで微かに聞こえた。

 目覚ましのような音。

「ああ、じゃあまた。嵩人と彩乃をよろしくね」
と言って、彼女は消えた。

「谷本さん、どうしました?」
と言って彩乃が来る。

「あのー、今、生き霊だって人が現れたんですけど」

 へー、と彩乃は特に驚かずに言う。

「すごいじゃないですか。
 生き霊がわかるようになったなんて」

「いえいえ。
 ご自分で、生き霊だ、とおっしゃられたんです」

 そう言うと、彩乃は眉をひそめて言ってきた。

「騙されないでくださいよ、谷本さん。
 それ、生き霊を語る生きた殺人犯かもしれませんよ」

 ええー、と谷本は声を上げ、
「なんでこんなに、ややこしいんですか、この屋敷っ」
と文句を言ってしまう。

 すると、彩乃は相変わらずの淡々とした口調で言ってきた。

「だから、うちの事件に関わる刑事さんたちはおっしゃるんです。
 此処で起きた事件は解決しないと」

 ああ、と言って、彩乃は付け足してくる。

「解決しないと言うのは少し違うかもしれませんね。
 一見、解決したように見えても、解決していないというか。

 山村のおじさまの事件もそうですよね。

 突き落としたのは次朗おじさまかもしれませんが。
 そそのかしたのは、きっと仏壇の霊です。

 そういう意味では、仏壇の霊が主犯格ということになりますけど。
 もう成仏してしまいましたし、警察が捕まえることはでませんからね。それに……」

 それに? と訊き返したが、
「いえ、なんでもありません」
と憂い顔で言う。

 谷本は場違いにも、彩乃さんはそういう表情をしてるときが一番綺麗だな、と思っていた。

 薄幸そうな美人というか。

 でも、ちょっと笑ったところも見てみたいよな、と思いながら、
「あの」
と彩乃に呼びかける。

「もしよろしかったら、この屋敷の古いアルバムとか見せていただけませんか?」

「いいですけど。おじいさまがお持ちのはずですよ」

 ……おじいさま。

「えーと、それはもしや、この間、亡くなられた」
「そう。荘吉おじいさまです」

 おじいさまー、と言いながら、もう彩乃は、近くにあった荘吉の部屋に入って行ってしまった。


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