雨屋敷の犯罪 ~終わらない百物語を~

菱沼あゆ

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第一の殺人

彩乃の推理

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 数分後、彩乃は仏間に次朗を呼んでもらっていた。

「皆さん、お集りいただきありがとうございます」
「……いや、俺とお前と刑事しか居ないようなんだが」

 信子が出したお茶を飲みながら次朗がそう言ってくる。

「信子さんも居ますよ」

 だがそこで、信子に睨まれ、
「い、いや、信子さんが犯人だと言ってるわけではありません」
と彩乃は慌てて弁解した。

 信子たちには、いつも世話になっているので、頭が上がらないのだ。

「今回の件。
 実はとても単純な事件です」

「……お前が密室殺人だとか余計なこと言い出さなきゃ、もっと単純な事件だったかもな」
と清水が渋い顔で口を挟んできた。

「まあ、もうちょっと他の可能性もよく考えてみようと思ったんですが。
 そういえば、今日は水曜日だったんで」

「なんで水曜日だったら急ぐんだ」
と清水が言ってくる。

 まあ、それはあとでご説明しますよ、と彩乃は言った。

「昨日、山村のおじさまが屋上から落ちて、お亡くなりになりました。
 これに関しては、実は次朗おじさまだけが犯人とは言い切れないものがあるんですが」

 仏壇の霊も消えてるんで、と彩乃は小声で呟いた。

 仏壇の霊にけしかけられた可能性もあるのだが、まあ、実行犯としては次朗おじさまだろうと思い、彩乃は言った。

「山村のおじさまと次朗おじさまは仲がお悪いですよね?」

「この屋敷の中に、仲のいい人間なぞ居るか」
と次朗はぶつぶつと言っている。

「そして、今朝、―玄関脇の便器が消えていました。
 おじさま、ご存知でしたか?

 あの便器に首藤聡さんという若い書生っぽい方の霊が憑いてることを」

「知らんな」
と言う次朗に彩乃は言う。

「いえ、ご存知のはずですよ。
 だって今、私と嵩人以外では、おじさましか聡さんが見える人間、此処に居ないので」

 なんだと? と次朗が顔を上げた。

「昨日もです。
 実はこの屋敷には、おじさましか、霊の見える人間が居なかったんです。

 なので、聡さんを誘拐した可能性のある人間はおじさまだけなんです」
と言うと、清水たちも次朗と一緒に、えっ? という顔をした。

「雨屋敷には霊が出る。
 雨屋敷の人間は霊と共存している。

 そんな噂のせいで、誤解されがちですが、此処の人間、全員が霊が見えるわけではないんです」

 その名簿、と彩乃は谷本の手にある書類を指差す。

「ずらっと首藤姓が並んでいますが、首藤の一族の伴侶の人は見えない人が多いです。
 そして、一族の人でも見えない人は居ます。

 峻や緋沙子さんみたいに」
 そう彩乃は言った。

「ま、私と嵩人が犯人という可能性もありますけど。
 嵩人にも私にも、山村のおじさまを殺す動機がありません。

 雨屋敷相続の件はありますが。
 私も別に人を殺してまで、此処に残りたいわけじゃないですし」

 彩乃は改めて名前の一覧を見直している谷本の手からその書類を取り、次朗に向かい、突きつけた。

「次朗おじさま、雨屋敷に住んでいる首藤姓の人間が他にたくさん居るからと思って、軽く考えてましたね」

 その中には、養子に出たはずなのに、この屋敷に居座る山村のおじさまを疎ましく思ってる人間も居たでしょうしね、と彩乃は付け加える。

「でも実は、この中で、聡さんの存在に気づけそうな人間は、おじさまひとりしか居なかったんです」
「そんなこと……っ」

「おじ様はあの日、私が聡さんと話してるのを聞いて、聡さんの存在を知ってしまったのかもしれませんね。
 昨日は、ちょっと動揺することがあって。
 いつも話さない時間に聡さんと話してしまったので」

 ちょっと動揺することとは、もちろん、嵩人が帰ってきたことだ。

「聡さんは何故か首藤の人間に存在を知られたくないらしいので。
 私、誰にも聡さんの話はしてなかったんですよ。

 他の人間がそれ以前に聡さんに気づいていたら、必ず噂になってるはずですしね。

 それに、見えない人間が私と聡さんが話しているのを見ても、そこに聡さんが居ることを確かめることはできません。

 私が消えたあとで、そっと覗いてみても、そこにはなにも見えないのですから。
 私が誰かと話していたのかなと思うだけです」

「……例え、そうだとしてもっ。
 他にも居ただろっ。

 そうだっ、玲子だっ。
 玲子が居ただろうっ。

 俺は見たぞっ」
と次朗は言い出す。

「玲子さんは確かに聡さんのことをご存知です。
 あの人も強い霊力をお持ちですからね。

 でも、玲子さんには山村のおじさまを殺すことはできませんでした」

「何故だ」

「……だって、玲子さん、此処には居ないからです」

「は? なにを言ってるんだ、お前は」

「あの玲子さん、生霊だったんですよ、おじさま」


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