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第一の殺人
犯人は雨屋敷の人間です
しおりを挟むいきなり叫びながら出てきた女に谷本は驚き、逃げ腰になっていた。
若い頃は泣きぼくろの美女といった感じだったのだろうが。
今は、そのきつい性格が前面に出ているせいか、あまり近寄りたくない雰囲気の女だった。
山村の妻、映子だ。
「刑事さんっ、早く主人を殺した犯人を捕まえてくださいっ」
とわめき出すので、
「えっ?
やっぱり、殺人なんですか?」
と谷本は思わず訊いて、
「殺人だから、貴方がたが来られたんでしょうっ」
と怒鳴られてしまう。
いやいや、どっちかわからないから調べに来たんですけどね~と思う谷本に向かい、映子は、
「犯人はこの雨屋敷の人間ですよっ。
自分が遺産を相続するために、邪魔な主人を殺したんですっ。
でも、遺産相続のために殺人を犯したら、その人間には相続の権利がなくなるんでしたよねっ? 刑事さんっ。
だって、二時間サスペンスでそう言ってましたものっ」
と一気にしゃべる。
「ともかく、なんでもいいから、早くその人物を見つけてくださいっ」
と言う映子は犯人を遺産相続の候補から外して、遺産を狙う人数を減らせるのなら、別に逮捕はしなくてもいいくらいの勢いだった。
だが、そこで彩乃がぼそりと言ってくる。
「確かに遺産狙いで殺人を犯せば、その人の相続権はなくなりますが。
子どもが居る場合は、その子どもに権利が移行するんじゃなかったでしたっけ?
犯人がこの雨屋敷の住人だとしても、遺産相続できる人の頭数は減らないんじゃないですかね」
うわ、空気読んで、彩乃さんっ、と谷本は思ったが、もちろん、そんなもの読む気もない彩乃は、ただ思ったことを思ったまま、口にしただけのようだった。
「彩乃っ。
なんで、あんたがそんなことに詳しいのよっ」
「え? 二時間サスペンスで……」
二人は違うサスペンスを見たようだ。
すごいな、二時間サスペンス。
いろんな知識を与えてくれる、と谷本は呑気に思っていたが。
彩乃が最後まで言う前に、また映子がまくし立ててくる。
「わかったわ。
やっぱり、犯人はあんたなのねっ。
この化け物屋敷に最後まで住めそうなのはあんたくらいだものねっ。
此処売ったら、幾らすると思ってんのっ。
何処の馬の骨ともわからないあんたなんかに渡さないわよっ。
おじいさまのお気に入りだからって、調子に乗ってんじゃないわよっ」
だが、彩乃はそこで小首を傾げて言った。
「確かに周りが開発されて、地価は上がっているようですが。
こんな評判の悪い土地、誰か買いますかね?
ああでも、スーパーとか大型ショッピングモールとかにするのなら多少霊が出たり、謎の現象が起こったりしても大丈夫ですかね?
夜中は人居ないですし。
昼間たくさん人が居る中で、怪奇現象が起こっても、あんまり怖くないですよね。
ああ、あと、私、子どもは居ませんので。
私が殺人を犯した場合、身内の誰かが遺産を相続することはできませ……」
「彩乃さん。
もう居ません、山村さん……」
冷静に彩乃が語っている間、彩乃とは対極に居るかのような性格の映子は、もう言いたいだけ言って、去っていってしまっていた。
……なんかやっぱり、大変そうだな、この屋敷の中での捜査、と谷本が思ったそのとき、玄関の方から、知的な印象の、びっくりくらいするくらい綺麗な顔の男がやってきた。
彩乃と何処か似た雰囲気の男だ。
「刑事さんですか? 初めまして。首藤嵩人です」
ああ、これが、と納得する迫力だった。
さすが長く続いた名家、首藤家の跡取り息子、という感じだ。
「嵩人」
と彩乃は嵩人の登場に、ちょっと嫌そうな顔をしながらも、屋上を指差し、
「密室殺人よ」
と教えた。
嵩人が、はいはい、という顔をする。
幼い頃からの付き合いだからだろう。
やはり、彩乃の扱いには慣れているようだった。
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