4 / 70
第一の殺人
足許の女
しおりを挟む嵩人は自分の許を去った彩乃が玄関の方に消えていくのを見ていた。
なにしに行ったんだろう?
彩乃がいつ頃からか、玄関側のお手洗いを使わなくなっていたのに気づいていた。
あそこのトイレが最新式なので、みな喜んで使っているのに。
そう思いながら、なんとなく後を付けてみる。
すると、彩乃がトイレの中に居る誰かに向かってキレていた。
霊?
いや、此処に霊は居ないはずだが――。
ますます気になり、嵩人は隠れて様子を見ていた。
「ばかばかしい。私も私だわ。
そろそろ嵩人が来るかもとか待ってないで、しんちゃんたちと旅行に行けばよかった」
「嵩人さんが独身のうちに此処へ寄られるのは、これが最後かもしれませんよ」
という男の声が聞こえる。
彩乃は少し言葉に詰まったが、すぐに関係ない、と言った。
まあ、関係ないと言えばないんだが。
遺言が公開されたあと、縁談を進めてしまったのは、荘吉と喧嘩した弾みというのもあるが。
もうひとつ、彩乃に関して昔から囁かれている噂があり、それが心に引っかかっていたから、というのもあった。
「しかし、嵩人さんが結婚ですか」
何故か自分を知っているらしいその男が溜息をつきながら言う。
「貴方たちはどんどん大人になって、そのうち死んでしまうのでしょうね」
「あの……もっと陽気な話はできないんですか?」
「私、霊ですから」
「いや、陽気な霊も居ると思うんですけど」
と二人は話している。
この家は昼間の方がしんと静まり返って人気がない。
そんな中で、彩乃が霊とは言え、男と会っていると知り、つい、息をひそめて見つめてしまう。
くすくすと笑っている彩乃の姿に無性に腹が立った。
最近、彩乃は自分の前で、あんな風に笑ったことはない。
早瀬彩乃はジイさんの隠し子なんじゃないか。
最初に誰が言い出したのかわからないが、大学を出た彩乃が就職せずに荘吉の面倒を見るようになると、もうそれが事実のような扱いになっていた。
荘吉も彩乃にだけは此処を出て行けと言わなかったし。
その噂が真実なら、彩乃と自分は、叔母と甥の関係になる。
戸籍上はそうでないのだからいいようなものだが――。
男に愚痴ってすっきりしたのか、彩乃は二階の部屋に戻ろうとした。
慌てて隠れる。
近くの部屋の襖の陰に身を潜めた嵩人は、廊下を通る彩乃の姿を見送りながら、自分ちでなにやってんだ、俺は、と思っていた。
もっとも、此処が自分の家なのも、あと少しのことかもしれないが。
海外で暮らしているので、あまり会わない両親はこの屋敷には特に思い入れはないらしく、他人に譲り渡されると聞いても、何の感慨もないようだった。
荘吉の遺言に、叔父たちはやる気のようだったが。
この化け物屋敷に最後まで住み続けられるのは、彩乃くらいのものだろうと思っている。
ただ、家族も職もなく、大学を出てからは、荘吉と霊の世話だけをしてきた彩乃には特に収入というものはなく。
此処の固定資産税を払い続けることはできないだろうと思われた。
そう。
誰か余程稼ぎのある旦那でも見つけないことには――。
元居た洋間に戻ろうとした嵩人は、競馬新聞を小脇に抱えた男が、廊下の向こうから歩いてくるのに気がついた。
シャツのボタンをはずし、いつもちょっとダラッとしているのが、昔から変わらない、彼、首藤融のスタイルだった。
融はこちらに気づき、おう、という顔をする。
「嵩人、帰ってたのか」
「お久しぶりです、融さん」
融と少し話したあと、洋間に戻る。
ソファに腰を下ろしかけてやめ、少し避けて座り直した。
雨戸だけではなく、足許にも、たまに死んでる女が居るからだ。
今も居るその女を見下ろしながら、
「……なんで此処なんだろうな」
と嵩人は呟く。
眉をひそめ、テレビをつけた。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる