上 下
12 / 81
あやかしより不思議なものが現れました

そう考えると、ちょっとむなしい

しおりを挟む

 金曜ではなく、土曜日。

 萌子は結局、総司と山の上にできたオートキャンプ場に行くことになっていた。

 総司はもう行っているのだが。

 萌子はランタンの灯りをキャンプ場で眺めたいのと、総司に憑いているナニカを確認したいだけなので。

 総司のソロキャンプの邪魔はすまいと思い、昼間は祖父母の神社の手伝いをすることにしたのだ。

「あっ、萌子じゃん。
 今日も来てたの。

 御朱印描いてよ」

 などと犬の散歩ついでにお参りに来た、年上の幼なじみ、真凛まりんに言われて、ウリ坊を描く。

 彼女の場合、犬より先に名前がついていたので、近所の犬の名前をつけられたわけではない。

 真凜はキョロキョロと社務所の中を見、
「ねえ、つかさは?」
と訊いてきた。

 司は萌子の兄で、萌子と同じように仕事の合間に神社を手伝っている。

 だが、萌子とは違い、ちゃんと神職の資格もとっているので、いずれ、本格的にやるつもりなのかもしれない思っていた。

「まだ来てないですよ」
と兄の同級生である真凜に言うと、真凜は、

「なんだあ、つまらない。
 せっかく散歩に来たのに。

 ねえ、司は御朱印書かないの?
 きっと女子が殺到するわよ」
と言ってくる。

「え~、いや、ちょっとそれは……」
と萌子は苦笑いして言った。

 萌子も上手い方ではないが。

 司はあんな綺麗な顔の人が、こんな字を……? と二度見されるくらい字が下手だ。

「なんかサインみたいにぐちゃぐちゃっとありがたそうに書いたら大丈夫じゃない?

 きっと、社務所に長蛇の列で、神様に祈るより商売繁盛よ」
と真凜が言う。

 いや……商売なのかな、これ、と思っている間に、真凜は、
「ありがとう」
とお金を置いて、御朱印の紙を受け取っていた。

 あとで御朱印帳に貼るのだそうだ。

「あんたのウリ坊、日々違うから、なんかコレクションしちゃうのよね」

 ……日々変えようと思ってるわけじゃなくて、同じのが描けないだけなんですけどね。

「行くよ、吉之輔きちのすけ~」

 真凜は境内の入り口に繋いでいたちっちゃな柴犬のところに行くと、じゃあね~と手を振り去っていった。

「帰ったか」
と後ろから無文の浅葱の袴をつけた司が現れる。

「なんだ、いたの、おにいちゃん」

「真凜に会うといろいろとうるさいからな」

 へー、と言いながら、萌子がチャカチャカと社務所の中の用事をこなしていると、司が胡散臭げにこちらを見た。

「……今日、なにかあるのか? 萌子」
と訊いてくる。

「え、な、なにかって?」
と萌子はちょっと動揺する。

「いや、珍しく急いで仕事を終えようとしてるから」

 そう司は言った。

 確かに、此処は職場とは違って、まったりと時が流れているので。

 普段は、ゆるく用事をしたり、顔なじみの参拝客の人たちとまったり話したり。

 それこそ、ヒュッゲな感じに過ごしているのだが。

 夕方からキャンプに行くせいか、まだまだ時間はあるのに、つい、早回しで動いてしまっていたようだ。

 楽しみにしてるのだろうかな、私、と萌子は思う。

「今日、会社の人たちと上の方にできたキャンプ場に行くんだ」

 つい、会社の人たち、と複数にしてしまっていた。

 ふうん、と言った司は、
「お前、キャンプ道具なんて持ってたか?」
と訊いてくる。

「それがキャンプ場で一揃ひとそろい借りられるみたいなの。
 あ、ランタンは持っていくけどね」
と萌子は笑った。

「まあ、気をつけていけよ。
 キャンプ場いい感じだったら教えてくれ」
と言う司に、

 うん、わかったー、と言いながら、総司に、
「もう着かれてますか?
 四時ごろ行きます」
とメッセージを入れたのだが、総司からは、

「じゃあ、四時前ごろ迎えに行く」
と返ってきた。

「えっ?」
と萌子は声に出していってしまう。

 司がスマホを上から見ていた。

「誰だ、田中総司って。
 男じゃないか」

 うう、課長。
 なんで、ニックネームとかで登録しといてくれなかったんですか。

 ああでも、この人のあだ名、田中侯爵か。

 大差ないな……っていうか、余計怪しい人みたいになるな、
と思いながら、萌子は言った。

「うちの課長なの。
 キャンプ仕切ってくれてるんだけど。

 借りている敷地内に二台はとめられないから、四時ごろ、車で迎えに来てくれるって」

 司にそう説明しながら、

 ……家族にこんな嘘つくの初めてだな、と萌子は思っていた。

 今まで、浮いた噂のひとつもない人生を送ってきたからな、とドキドキしながらも、ちょっとむなしくなる。

「ふうん、そうか。
 まあ、とりあえず、その話、信じといてやるか」
と腕組みしてスマホを見下ろしながら、司が言ってくる。

「普通、みんなで行くのなら、グループLINEで話さないか? とか。

 たいした用事もないのに、みんな集まってる中、お前だけが途中から行くのおかしくないか? とかいろいろ思うところのことはあるが。

 まあ、そこは突っ込まずに、黙っといてやろう。

 今まで彼氏のひとりもいなかった妹だからな」

 いや、お兄様、なにも黙ってないですよね。

 まるっと全部しゃべってますよね、と思う萌子の横で司が、

「お前の初めての彼氏の名前が、総司か。

 司と総司。
 なにか運命的なものを感じるな」
としみじみと呟いている。

 いや、名前の漢字がかぶってるだけですよね。

 そして、その運命。

 おにいちゃんと課長の運命で、私、関係ないですよね……。

 そう思いながら、萌子はそそくさとスマホを片付け、もうキャンプの話題には触れなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜

segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...