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エピローグ
新たな事件
しおりを挟む結局、マグマの家でお世話になることになったハチは、バイト先に近い、あのアパートを引き上げ、マグマの寺の母屋に引っ越してきていた。
「あー、暑い暑い。
なんか冷たいものとかないのか、ハチ」
と倖田が縁側から覗き、訊いてくる。
倖田の上でチリンと揺れる、自分が送った風鈴を見ながら、ハチは、はい、と倖田にそれを手渡した。
「冷たっ」
と倖田が手を離す。
ひらりと白い紙が舞い落ちた。
あの白地図だ。
「まだ持ってたのか。
ってか、確かに冷たいものだが。
そうじゃねえよ」
と言いながら、それを拾い見た倖田は、
「なんだ。
ごちゃごちゃしてて、なに書いてるかわからないじゃないか」
と言う。
「はあ、最初に犯人の方にいただいた地図なので、結局、大事に持ってたんですけどね。
普通のフリクションペンは冷やすと消えたはずの字が元に戻るみたいなんで。
もしかして、これもそうかなと冷凍庫に入れて、冷やしてみたんですけど。
今まで書き込んだ全部が出てきて、こんなことに……」
「『犯人』だの、『刺された人』だの。
物騒なことしか書いてないじゃないか」
地図を手に倖田は眉をひそめる。
確かに物騒なことしか書いていない。
だが、これが私の歴史だ。
此処に、この一枚の白地図に。
この神の島に来てはじまった、新しい私の歴史がつまっている。
「なんだこれ、もう一回消せよ」
とやってきたマグマたちに言われ、ハチは白地図に手のひらを押し当て、体温で消した。
「そんな簡単に消えるのどうなんだ。
っていうか、書きかえても、冬のたびに浮かび上がってきたりするんじゃないのか、それ」
俺が新しいの買ってやるよ、と倖田が言ってくれる。
「でもそういえば、マグマとかの地図記号はあるが……」
「待て、人間の地図記号があるの変だろ」
とマグマに言われながらも、あまり人の話を聞かない倖田がハチに言う。
「お前の地図記号ってないよな」
なんかないのかと問われ、真顔でハチは言った。
「私の記号ですか。
なんでもいいのなら、ハートマークがいいです」
全員が黙った。
しばらくして倖田が、
「おい、こいつ、なんか可愛いこと言ってるぞ」
と言う。
「ハートマークが可愛すぎるのなら、うさぎのマークでもいいです」
「……いや、どんな凶悪なうさぎだ」
とマグマが言い、倖田が、
「いや、思い出せ。
小学校で飼ってたうさこも無表情だったぞ」
無表情に草をはんでた、と言う。
「しかし、お前がそんな普通に可愛いことを思うとはな」
と言うマグマにハチは言った。
「そういえば、初めて100均で可愛いものを見たとき、心が震えました。
研究所にはそういった類いのものはなかったので。
今思えば、あの時から私に心はあったのですね」
「研究所ってお前が居たところか。
そういえば、放たれた他の連中は何処行ったんだろうな。
お前がNo.8だろ。
少なくとも、No.1からNo.7まではいるんだよな」
ふう、と倖田が溜息をついて言う。
「まあ、その辺に居るかもしれないよな。
経理の達人とか、算盤の達人とか、電卓の達人とか」
「何養ってたんだよ、お前たち。
しかも、小分けにしてるけど、全部それ、経理の達人じゃねえかっ」
お前の話、何処までほんとだっ、とマグマが叫ぶ。
「そういえば、その地図、名所を書けってもらったんじゃなかったか?」
と言うニートの声を聞きながら、ハチは消えないペンで白地図のこの家の辺りに記号ではなく、文字で描き込んだ。
マグマ ニート ハチ
「だから、俺たちは観光名所か!」
とマグマが叫んで、倖田が笑う。
ハチは思い出していた。
此処に越してきた日。
マグマは引っ越しの挨拶に連れて回ってくれたあとで、山頂付近にある噴火口に寄ってくれた。
そこは、噴火口とはいっても、シダに覆われた、ただの半月型の穴に見える、とても静かな場所だった。
「この山、実は活火山なんだ。
いつまた突然噴火するかわからない。
でも――
今はこうしてただ静かな場所だ。
火山の寿命は長いから。
俺たちが生きている間は、こうして静かなままかもな。
あの神の炎は此処がまだ噴火していた頃に、溶岩からとったって話もある。
その頃はこの神の島も人が住める状態じゃなかったろうな。
まあ、遥か昔の話だが。
その頃は、禁足地というより、人が立ち入れない、人を拒む土地だったんじゃないか?
それが今、こんな緑豊かな場所になっている」
いつか噴火して、この静けさは消えてしまうかもしれない。
だが、消えないかもしれない。
それは自分の内に眠る力を思わせる。
研究所で培われた力が永遠に鎮まったままであることを願いながら。
あの受け継がれた炎の幻を暗い噴火口に見、ハチは手を合わせる。
あの炎のある限り。
この燦々と降り注ぐ太陽の光のある限り。
ここは穢れを知らぬ神の島で。
私は人を殺さない――。
日曜日。
海岸に男の死体が流れつき、本土からも警察が来た。
海岸側の一段高い場所にある道路に車を止め、ハチたちは砂地に立つ佐古たちを見下ろした。
佐古が帆村に向かい、キレている声が聞こえる。
「なんでこう事件ばっかり起こるんだっ。
ほんとうにあの橋、災厄呼んでんじゃねえのかっ」
「佐古ー」
とマグマが道から佐古を呼んだが、佐古はこちらをキッと見据え、
「そいつら、通すなーっ」
と今、目の前にある黄色いテープの前に居る警官たちに叫ぶ。
「かっ、関係者以外通せませんっ」
と頑張る若い警官に、マグマが凄む。
「おい、新米っ。
俺たちを通さねえってえのかよっ」
「いや、あなた方、誰なんですかっ」
「元刑事の坊主だっ」
「現役の政治家だ」
「墓守だ」
「ファストフードの店員です」
「いや、坊主と政治家と墓守とファストフードの店員さんが現場になんの用があるんですかっ」
とその若い警官はもっともなことを叫ぶ。
マグマがその警官たちと揉めはじめたので、ハチは新しい白地図を広げた。
倖田が買ってくれた地図だ。
それに早速、消えないペンで描き込む。
『葬るぞ』『怒り』『ハートマーク』『お食事処』の地図記号しかないその地図の、暁島の海岸辺りに、水死体な感じの記号を描き込んだ。
ん? とその地図を見た三人が叫ぶ。
「おい、俺、まだ『葬るぞ』なのか!」
「倖田っ。
この地図、範囲広いぞっ!
近隣の県まであるじゃねえか!
どんだけ事件に首突っ込ませる予定なんだ!」
「いや、待て!
それ以前に、俺んち、お食事処なのかっ?
俺じゃなくて、サヨさんしか地図記号になってない!
俺がその地図、買ってやったのに~っ!」
「いや、もうなんでもいいから、てめえら全員、此処から出ていけ~っ!」
と叫ぶ佐古の声が、澄み切った夏の終わりの空に響いた。
完
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連続殺人事件(?)なのに、何故か声を出して笑ってしまいます😂
安定の不思議で、おかしな、ツッコミどころ満載の掛け合いが楽しいです😊
あさちゃん☆さん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)
嬉しいですっ。
ゆる~いミステリーになってます(^^;
頑張りますね。
ありがとうございますっ(*^▽^*)