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白地図と最後の事件
なにも出ないですよ
しおりを挟む登山客などが上がってきたので、かき氷屋はその応対をし。
みんなは思い思いの場所でかき氷を食べる。
茉守は、てっぺんにある玉ねぎのようなものが朝日に輝くお堂を眺めながら食べていた。
小さな窓しかないので、朝でも暗いお堂の中では、赤々と火が燃えている。
「ああ、これ、返すぞ。
ありがとう」
と佐古があのフリクションペンを戻してきた。
受け取りながら茉守は言う。
「警察のデータベースで指紋を照合しても、なにも出ないですよ。
私は前科がないどころか、この世に存在していない人間ですから」
わかってたのか、と言う佐古に茉守は言った。
「もともとは戸籍とかあったのかもしれませんが、もう抹消してあると思いますね」
ふうん、とお堂の向こうに広がる海を見ながら、佐古は相槌を打つ。
「お前の他にも幾つか、誰のかわからない指紋も出てきたが。
それらも誰のものとも判明しなかったな」
そうですか、と返事しながら、
このペンは使わずにおこうかな、と思う。
そういえば、組織の人間たちの指紋も残っている可能性がある。
いつかなにかの役に立つかもしれないからだ。
おそらく調べたのだろう庄田に、出てきた指紋をとっておいてもらってもいいが。
それこそ、いつかなにかで迷惑をかけるかもしれないしな、と思ったとき、それを察したように佐古が言った。
「そこから出てきたので、誰のだかわかった指紋は、お前、マグマ、ニート、倖田の指紋だけだったよ。
……秘密裏に他の指紋は残しておく。
いつか、お前らの組織から、すごいアスリートが出たとき、記念になるかもしれないからな」
佐古は笑わない目でフリクションペンを指差す。
アスリートや養成所の事務員の指紋だなんて、欠片も思ってなさそうな目だった。
「いろいろお世話になりました」
と茉守が頭を下げると、佐古は渋い顔をし、
「……認めたくはないが、俺の方が世話になってるよな」
と言う。
「まあ、また島に遊びに来いよ。
神の島改め、ひょいひょい犯罪者たちも渡れる島になってしまったが」
佐古は手を振り居なくなった。
茉守があの炎を見ていると、倖田が側に来る。
「あの火、ほんとうに消えたことないと思うか?」
「……あるんじゃないですか?」
火の番をしているらしいおじいさんを見ながら茉守は言う。
「でも――
みんなが千年つづく神の火だと信じれば、それは神の火になるんですよ、きっと」
まあ、そうだな、と呟くように倖田は言う。
「そもそも、あの消えずの火の側、マッチが置いてあるからな。
なんでいるんだろうな、マッチ……」
そう言ったあとで、倖田が振り向く。
朝日を背にした倖田の髪は太陽に少し透けて見えた。
「倖田さんは触ってないですよね、このペン」
あのフリクションペンを手に茉守は言う。
この島に渡ってから、倖田がこのペンをつかんだことは一度もない。
倖田はそれには答えずに、ペンを見て言った。
「……俺は反対したんだ。
人殺しは他人任せにしてはならない。
そんな半端な気持ちで誰かを殺すのは失礼だろ?
人を殺すのは、極限まで追い詰められたとき。
それも自らの手でやるべきだ。
その罪を完全に、おのれだけで背負うために――」
信念を感じる目で倖田は言う。
じいさんたちとは音楽性以外にも、主義主張の違いがあったのさ、と倖田は言う。
「それで家族解散したんですか?
でも、組織を訪れることもあったんですね」
「たまにな。
今度から、その辺にあるペンを使ったりしないようにするよ」
と倖田は言った。
「霊を全否定の人は怖がりなんだと思うんですよ」
それか人を殺したことがある人――
と茉守が言うと、何故、その二択だ、という顔を倖田はする
「ニートさんは霊の存在は受け入れてるけど、なにが見えるかわからないから、見たくない。
他人の秘密を暴きたくないからです。
私は別に気にしないので」
「俺の後ろに居るこの霊のこともか」
「あなたの事件とか、過去とか。
今回のことに関係なさそうなんで、どうでもいいです」
「どうでもいいとか言われると、ちょっとムカつくな」
いや、暴いて欲しいんですか、と思ったとき、倖田が言った。
「こんな危険な女は殺しておくべきだ。
仕込まれた殺人技よりも、その霊能力が危険だ。
……と思うんだが、興味も惹かれる。
お前、俺の愛人にならないか?」
「何故、愛人ですか?」
「怪しすぎて、本妻にはできないからだ。
お前なら、上手く那須とかに嗅ぎつけられずに愛人ができるだろう」
と倖田は笑う。
ひょい、と茉守の手からフリクションペンをとった。
「これで俺の指紋がついててもおかしくないな。
それとも、あの火にくべようか」
証拠隠滅だ、と言う倖田に茉守は言う。
「いや、そんなもの燃やしたら、悪い煙が出ますよ」
サービスで島のレモネードの瓶を持ってきてくれたかき氷屋が、
「ゴミは分別して、あそこに入れるか、持って帰ってください」
と売店を振り返りながら、普通に言った。
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