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海に浮かぶ証拠と第三の殺人(?)

災厄

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「倖田さんのせいじゃありませんよ。
 ほんとうに私に殺す気があったのなら、海を泳いでも渡ってきています。

 この災厄は、そこまでするほどの根気がなかったんですよ」

 いや、泳いでこなくても、船があっただろ、という顔をマグマはしていた。

「私は、そんなきっかけがあって、ようやく行動に起こそうとノロノロと立ち上がった。

 ……ニートさん。

 あなたには大変残念なことかと思われますが。

 逆恨みで人を憎み続けることは難しい。

 最初はただ一人生き残ったあなたに恨みをぶつけることで命をつないできましたけど。

 私の心はもう揺らぎはじめていたんです。

 ……今回、橋の開通をきっかけに、心を奮い立たせねば、此処まで来られないほどに。

 昔は、あなたを殺さなければ、私の人生ははじまらないと思っていました」

 でも―― と茉守はそこで言葉を切った。

「今、此処に居るのは、菊池茉守です。
 だから、これは山村瑞樹からの伝言だと思って聞いてください」

 そうニートを見つめ、茉守は言う。

「日本に戻ってきて、あなたに復讐するタイミングを伺いながら生きるうちに、私はいろんな人と出会いました。

 大事な人もたくさんできた。

 ほんとうはあなたに非はないのに、憎しみを保ち続けることは難しかった。

 そして、此処へ来て、あなたを見ていて思いました。

 あなたを殺さないでいることが、一番のあなたへの復讐なんじゃないかと。

 そう思ったとき、私は、ホッとしていました。

 頭に今私の周りに居る人たちの姿が浮かびました。

 もう復讐しなくていい。
 彼らと離れなくていいと思ったら、涙が出そうになりました」

 涙が出そうな顔で言えよ、という顔でマグマが見ていたが。

 いや、ほんとうの話だ。

「すみません、ニートさん。
 あなたに復讐を誓っておいて、こんなこと言うのは許されないかもしれないんですけど。

 ささやかな人生かもしれませんが、私、此処から先は幸せになりたいです」

 あなたを殺してあげられなくてすみません、と茉守はニートに頭を下げた。

「あなたも幸せになってください。

 そして、時折、ふと思い出して。
 苦しんで。

 今の自分は幸せすぎるなと苦しんで。

 ……それが私の復讐です」

 以上です、と茉守はもう一度、頭を下げた。

「どうもお世話になりました。
 このお礼はまた」

「いや、なんのお礼だよ……」
とマグマが呟く。

「帰るのか?」
と倖田が訊いてきた。

「なんか復讐、済んでしまったみたいなので」

 茉守が足首の包帯をとると、カラフルな黄色系のミサンガが露わになる。

 ニートが顔を歪めた。

 寛貴が抵抗したときに手首にはまっていたそのミサンガの鮮やかな色を思い出したのかもしれない。

 今、この瞬間が、彼にとって、一番の復讐となっただろう。

 そう思いながら、茉守は、その切れかけたミサンガをおのれの手で引きちぎった。

 ニートに手渡す。

「さようなら、ニートさん。
 もう二度と会うことはないでしょう」

 その言葉こそがニートに絶望を与えるものだとわかっていて、茉守はそう言った。

 自分を殺しに来るもののない世界。

 永遠に終わらない苦しみの中に、今、ニートは突き落とされたのだから。

 茉守は、まるでそこに寛貴も居るかのように楠に手を合わせる。

 ニートが心の中で、寛貴たちを思い、此処を整えていたのだとわかっていたから。

「ほんとうに帰るのか?」
とマグマが問うてくる。

「はい。
 マグマさんは島から出られる人なので。

 またいつか何処かでお会いするかもしれませんけど」

「例えば何処で?」
となんとなくなのかもしれないが訊いたマグマに茉守は言った。

「……働いてるファストフード店ですかね」

「まだ働いてたのかよっ」
とマグマが叫ぶ。

新川しんかわ駅横のハンバーガーショップです」

「場所教えてくのかよっ。

 しかも、結構近いなっ。
 ってか、あそこ、めちゃめちゃ人多いぞ。

 お前みたいな無表情な店員使えるのかっ」

 では、と行こうとする茉守の前に、倖田が立ち塞がった。

「待て」
と言う。

「お前は俺が雇ったはずだ。
 まだ事件解決してないぞ。

 人に頼まれたことは最後までやっていけ――

 とファストフードで習わなかったのか」

 茉守は少し考え、
「わかりました」
と頷いた。

「島の皆さんが混乱されますので、私のことは、このまま茉守とお呼びください。

 あと、バイト戻らないと怒られるんで、今日一日で解決しましょう」

「お前、佐古に殴られるぞ……」

 軽く言うなよ、とマグマに言われた。

 
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