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容疑者マグマと第二の殺人

ご利益なさそうじゃないですか

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 これは――

 わたしが人を殺すまでの物語。


「そもそも、海にあるあの小さな鳥居までは島の神域じゃっ。
 ご遺体を海に落としても、島が穢れた状態であることに変わりない。

 わしら年寄りは、そういうことはよくわかっておるから、そのようなことはせんぞっ」

 老人たちが刑事たちにそんな話をしているのを茉守は聞いていた。

 島の人間だから、遺体を外に出そうとしたというのは一理あるかもしれないと警察も思い、訊いてみたようだった。

「近頃の若いもんは知らんじゃろうがのう」
と年寄りたちに言われ、役所の若い人たちがそれぞれ反論する。

「私は知ってましたよっ」

「私は知らなかったですけど。
 そんな勝手にあの鳥居まで、この町のエリアだとか言われても、区分け的にそうなってないわけですからっ」

「……なんでしょう。
 領海で揉める国々みたいになってますね」
と茉守は呟く。

「お前がおかしなことを言うからだろう。
 ……まあ、島から出したくてというのは一理あるかもしれないが」

 そんなニートの声がした。

 茉守はそこで少し考え、ニートを見上げて言う。

「でもまあ、死体を移動させたかったのは、島から出したいから、ではない可能性も高いですけどね。

 さっき、倖田さんもちょっと言ってましたが。
 此処が墓のない島の墓のような場所で。

 ニートさんなら弔ってくれそうだから、此処に落としたってこともあるかもしれませんよね」

「弔いなら、マグマがやってくれるだろ」

 ニートは逆らえなさそうな若い警官たちをつかまえて話しているマグマを見る。

「なんか、マグマさんでは、ご利益なさそうじゃないですか」

 つい、そう言うと、ニートの口元は動かなかったが、目元が少し笑ったように見えた。

 昔はもうちょっと感情を見せる人だったのではないかな、とその顔を見ながら、茉守は分析する。

 そのとき、ニートが茉守を見て言った。

「ほんとうにお前はなにも訊かないな」

 そう言われ、茉守は逆にニートに訊いてみる。

「私はあなたになにを問うたらいいんです?」

 ニートは沈黙したあとで口を開いた。

「――俺が誰を殺したのかとか」

「それ、私が知る必要、ありますか?」

「……ま、通りすがりの人間の過去なんて、どうでもいいよな」

 そのまま行こうとしたニートの背に向かい、茉守は言う。

「ニートさんは、通りすがりではありませんよ」

 ニートが足を止め、振り向いた。

「そもそも、ニートさん、この墓のない墓から、あまり動かないじゃないですか。

 なかなか通りすがれないと思います」

「……なんだろうな。
 お前と意思の疎通するの、難しいな」

 ニートは去ることを諦め、溜息をついて言った。

「犯人は憎くて署長を殺したんだろ?
 何故、俺に弔ってもらおうとする」

「どんなに憎い相手でも、なにかいい思い出のひとつもあって。
 殺してしまったあと、弔わなければと思ったのかも」

 いえ、殺したことないので、その苦悩はわかりませんけどね、と茉守は言う。

「マグマはあいつにいい思い出なんてひとつもないと言ってたぞ」

「では、マグマさんは犯人ではないのでしょう。
 まあ、それか、弔おうとして此処に落としたのではなかったのか」

 茉守はそこで、うーんと考える。

「弔おうとして落としたのでも、海まで行って投げ捨てようとしたのでもないのなら。

 やはり、単に、山頂から下ろしたかったからとか?」

「別に下さなくてもいいだろう。
 何処かに放り投げておけば。

 何故、犯人は山頂から下ろそうとする」
とニートは倖田と同じことを言う。

「……山頂にばかり死体があると、自分が疑われるからですかね?」

「山頂に複数の死体があったら、疑われる人物って誰だ」

「………………かき氷屋さんですかね?」

 いらっしゃいっ、とねじり鉢巻をした素敵な笑顔が頭に浮かんだ。

 かき氷屋なら、どちらの事件のときも、山頂に居たかもしれない。

「お前はかき氷屋を助けたいのか?
 それとも、犯人にしたいのか……?」

 そう呆れたようにニートに言われた。

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