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消えずの火と第一の殺人
蘇る炎
しおりを挟む巨石の目立つ山頂には、お堂や売店、展望台などがあった。
茉守はふと気づいて言う。
「あれ?
此処、斜面が崩れてますね」
海岸に向かって、山の一部が崩落している。
「ああ、長雨でな。
倖田が気に入らない奴は、ロープウェイ建設のせいだって言うんだが。
さすがに位置が違うよな、と俺は思っている」
とマグマはロープウェイの方を振り返りながら言う。
「マグマさんって、公平なんですね」
別に、と言ったマグマに消えずの火があるというお堂まで連れて行ってもらった。
思ったより、小さなお堂の中では、いろりみたいな場所で、ただ静かに火が燃えている。
「これが一千年前だか、二千年前だかから、燃えている火ですか」
「夜には元火が残るように灰をかけ、朝、その灰を除いて、火を蘇らせるらしい」
「毎晩死んでは蘇ってるみたいなものですね」
「灰を退けると蘇る。
何度でも蘇る。
だが……」
だが? と茉守は、今は激しく燃え上がっている消えずの火を見つめるマグマの顔を見た。
薄暗いお堂の中で、そうやって炎に照らし出されていると、濃くハッキリしたマグマの顔が際立って綺麗だ。
「宮島では大きな釜みたいなのがかかってますけど。
此処にはなにもかかってないんですね」
ああ、そうだな、とマグマは静かに頷いた。
「俺もずっとそれが気にかかっている。
小さな頃から思っていた――。
此処、なにか火にかけたらいいのにな、と。
おでんとか」
「そうですね。
粕汁とか」
もったいないですよね、と茉守は言い、マグマとともに、朝が来るたび、蘇る神聖な火を見つめる。
そのあと、マグマに売店でかき氷を奢ってもらった。
イチゴシロップに練乳たっぷり。
古い機械ですられたかき氷は、街で食べるものより、ふわふわだった。
「まいどありっ。
あっ、中のテーブルでも食べれるよっ」
とねじり鉢巻をしたかき氷屋の若いお兄さんが威勢よく言ってくれたが、断る。
外のベンチに並んで座り、海を眺めながらかき氷を食べた。
マグマはレモンだった。
食べ終わったあと、茉守はあの白地図を取り出す。
描き終わったところで、上から見ていたマグマが言った。
「……待て。
山頂にかき氷屋しか書いてないが、消えずの火は何処行った?」
「入らなかったので」
「字が大きすぎるんだろうがっ。
っていうか、お前の心に一番残ったのは、売店のかき氷かっ」
まったく、と言いながら、マグマは立ち上がる。
目を細め、橋の方を見ているようだった。
「結構、人渡りはじめたな」
と呟くマグマに、茉守は言った。
「あのー、この島では、墓どころか、死ぬことも許されないんですよね?」
そうだが?
と振り返ったマグマに言う。
「ふいな殺人とかはオッケーなんですか?」
茉守の視線の先にはあの売店があった。
「いらっしゃい~」
と観光客らしき親子連れに笑顔を向けているさっきのおにいさんが居るのとは反対側。
売店の裏に積み重ねてあるビールやジュースのケースに陰に倒れている男が居た。
その背にはナイフが突き立てられている。
「マグマさん、第一の事件ですよ」
「第一って、第二があるのかっ!?」
「いや、こういう絶海の孤島で起こる事件は、大抵、連続しませんか?」
此処は絶海じゃないし、孤島でもないっ、と叫ばれる。
茉守は倒れている男の元に歩いて行きながら、
「でも、橋を落としたら……」
と呟く。
「今、かけたばっかりだろうがっ」
マグマは倒れている男のところに急いで行くと、呼吸を確認したり、脈を見たりしていた。
「息はまだあるな。
触るなよ。
このナイフ抜かなきゃ大丈夫かも」
「よかったですね。
殺人事件じゃなかったのなら、連続しないかもですね」
マグマは急いでスマホで連絡をとろうとしたようだが、電波の調子が悪いようだった。
ちっ、と舌打ちをする。
「倖田め。
ロープウェイより先に携帯の電波をどうにかしろっ」
と声を荒げながら、売店に入っていく。
「おい、電話貸せっ」
と元刑事の迫力で売店のおにいさんに言い、警察と救急に連絡を入れていた。
そこで、ふと気づいたように、こちらを振り向き言う。
「おいっ。
怖いなら、離れてろっ」
はい、と頷いた茉守は、マグマの居る売店から離れ、刺されている人の方に近づいた。
「いや、怖いの俺の方かっ」
と叫ばれる。
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